オリンピックボランティア体験記
|新型コロナウイルスへの不安が解消されない中、東京2020オリンピックが7月23日から8月8日まで開催された。東京都と大会組織委員会は合計で約11万人のボランティアを募集した。筆者もボランティアとして3日間大会に参加したので、その体験を書いてみようと思う。
あらかじめ明記したいのだが、ボランティアとして参加したからといって、筆者は今年オリンピックを開催することに心から賛同していたわけではない。むしろ多くの人の日常を犠牲にしてまで開催する「祭典」の意義とは何なのか、と疑問を持っていた。そのため参加を辞退しようか悩んだが、そうまでして開催するオリンピックを自分の目で見てみようと考えた。また、ボランティアの活動内容や場所は人によって違いがあったので、あくまで個人の体験記として読んでほしい。
・参加に当たって
まず、参加するに当たってワクチンを接種した。組織委員会から接種案内のメールが届いたのは6月26日。正直なところ「どうせ打てないんだろう」と思っていたので驚いた。かなりギリギリの対応だったので、オリンピック開始までに2回の接種を完了しない人がほとんどだっただろう。筆者も1回目の接種だけを終えて参加した。
また、ボランティアに支給されたものは以下の通りであった。帽子、Tシャツ3枚、ウインドブレーカー、ズボン2着、靴下2足、スニーカー、マスク2枚、ショルダーバッグ。当たり前なのだろうが、全てのものに「TOKYO2020」と書いてある。会場でこれらの服に着替えることはできないので家から着ていくしかないのだが、すれ違う人たちから二度見されるので念のため持参した私物のパーカーを羽織った。着心地は抜群なのだが、どうしてあんなに目立つデザインなのだろうか……。
会場は飛田給にある、武蔵野の森総合スポーツプラザだった。ここではバドミントンと近代五種が行われた。ちなみに参加会場は応募フォームに入力した、本人が過去にやっていたスポーツにできるだけ沿えるようにしているらしい。筆者は少しだけバドミントン経験があったので、それが考慮されたのかもしれない。
シフトについてはかなり個人差がある。1日は前半と後半に分かれており、それぞれ8時~15時まで、14時半~21時までだった。筆者は10日間の後半シフトを提案されたが、そこまでやる気もなかったので3日間だけ承認した。しかし、社会人ボランティアの人たちの中には有給を使って全日程に参加するという強者もいた。
3日間の活動内容を簡単に紹介する。活動日の間隔が空いていたためか、かなり異なる内容だった。
・1日目(7/25)
1日目はほとんどが雑用だったと言わざるを得ない。まず、会場の座席にボランティアのユニフォームを着せた。観客がいるように見せる演出のためだ。その後、会場周辺に大量に飾られているアサガオに水やりをした。このアサガオは、元々観戦する予定だった小学生たちの身代わりとして送られてきたものである。なぜ毎日管理する必要があるものにしたのかはよく分からない。またこのアサガオには小学生たちからのメッセージカードが付いていて、それに返事を書くのもボランティアの仕事だった。「応援ありがとう!」というようなメッセージを少しずつテイストを変えながら量産する。何をしにきたんだろうと思いながら1日目は終了した。
・2日目(7/28)
それでも参加してよかったな、と思えるのは2日目の活動内容のおかげである。この日の仕事はVIP対応であった。VIPとは各国の選手関係者のことで、彼らは何らかの基準でグループ分けされ、それに基づいた応援席が用意される。彼らがきちんと正しい席に座っているかどうかを監視するのがVIP対応の役割だった。
しかしそれは名ばかりで、実態はほとんどバドミントンの試合観戦であった。間違った席に座ろうとする人は全くおらず、筆者も応援団に混じって試合を観戦することができた。しかもこの日は日本代表の桃田選手と常山選手の試合が行われていたので、仕事を忘れて観戦に夢中になっていた。勝利して雄叫びをあげる選手、負けて膝から崩れ落ちる選手。彼らのこれまでの努力の成果を生で見て、心が揺さぶられた。さらに会場に漂う緊張感や関係者たちの熱気、周囲の応援席から聞こえてくる様々な国の言語がオリンピックの雰囲気を少しだけ感じさせてくれた。
そういえば、会場での弁当の廃棄が多すぎることが問題となっていたが、個人的には発注量だけでなくその味も原因だと思う。びっくりするほど美味しくなかった。食べるのをためらう人がいても納得してしまうほどである。
・3日目(8/5)
話を戻して、最終日の活動は一言で表すと「会場ツアー」に参加するだけだった。この日までにバドミントンの競技日程は終了し、会場は近代五種用に変化していた。その会場を見学するというのが主な内容だった。近代五種とは1人の選手が、フェンシング、水泳、馬術、レーザーラン(射撃、ラン)という全く異なる5種類の競技に挑戦する複合的な競技である。この日、筆者たちは第1種目のフェンシングを観戦した後、隣接する東京スタジアムを見学した。ここでは近代五種の残りの種目が行われるのだが、普段ならサッカー場であるはずの芝生にプールや馬術の障害物、トラックが造られているのは異様な光景だった。結局この日は全く仕事をしないまま、ボランティアとしての3日間は終了した。
・参加してみて
振り返ってみて、ボランティアに参加したことは自分にとって貴重な経験になったと思う(仕事らしい仕事はほとんどしていないが)。しかし、どうしても心にはモヤモヤしたものが残る。確かにバドミントンの試合を生で見られて興奮したし、選手たちの努力が報われる瞬間を見ることができて嬉しかった。だが家に帰る道中、スマホに表示される新規感染者数のニュースを見ると気持ちが一気に現実に引き戻される。
「祭典」の盛り上がりで忘れそうになるが、私たちを取り巻く現実は変わらない。友人たちの状況が頭をよぎる。夢だった留学を諦めた人、離れて暮らす家族や大切な人に会えない人。たくさんの人が日常を奪われ、辛い決断を強いられた。なんといっても、地方に住んでいて1度もキャンパスに来られない人のことを思うと胸が痛い。もしオリンピックがそういった誰かの心を救ったのなら、開催する意義はあったのかもしれない。ただ、その開催のためにも日常を犠牲にした人たちがいることを忘れてはならないだろう。アスリートたちの努力が報われる場があったように、いつか私たちの努力も報われる日が来るだろうか。先の見えない日々に気が重くなるが、適度に弱音を吐きつつ今できることを精一杯やるしかないのだと思う。【水色】