大学理事に聞く、ICU財政のリアル

新井亮一常務理事(財務担当兼基金担当)

ICUの入学式や卒業式で、決まって学生に伝えられてきた言葉がある。それは、「ICUは寄付によって支えられている大学である」ということ。 他の私大文系学部に比べてICUの学費が高水準であることは 周知の事実だ。だが、ICUの財政がどのように支えられているか、収支の詳細がどのようになっているのか、実態を知っている学生は多くはないように見受けられる。

今回は、学校法人国際基督教大学の財政と基金運用の責任者である常務理事(財務担当兼基金担当)の新井亮一さんから、現在のICUの財政の現状についてお話を伺った。(内容は再構成済み)

 

――よろしくお願いします。始めに、ICUの財政状況を簡単に解説していただけないでしょうか。
ICUの特色は、少人数教育です。理系だけを見ると、ICUの教員一人当たり の学生数は約13人。これに近いのは医学部がある大学ですが、医学部の教員は大学病院の医師と掛け持ちであるということもあるためです。それを考えると、一般的な私立大学の理系学部と比べてICUの教員一人当たりの学生数は少ないと言えます。また文系にいたっては、教員一人に対して学生数が50人程度になるところもあるのに対し、ICUは20人程度。いかに教員数に対する学生数が少ないかということがわかっていただけると思います。

そうした状況で何が起こるかというと、簡単に言えば「大学が学生一人に対してかけているお金」が高くなります。日本の一般的な私立大学が学生一人当たりに拠出する金額は平均140万円くらいですが、ICUは約250万円。1.7倍弱ほど拠出しています。一方で、ICUの学費(入学金を含む学生納付金)は確かに、主な私立大学の文系学部に比べて高水準(※1)ですが 、それでも平均的な私立大学の1.2倍程度の年間約140万円。突出して高い学生一人当たりの拠出額を埋められるほどの差ではありません。他大学は学費による収入が拠出額より多い、あるいはトントンであるのに対してICUは基本的に赤字です。現在、学生一人当たりの赤字額は4年間で約200万円にも上ります。

ここで、ICUの収入の内訳を簡単に説明したいと思います。まずは私学助成金。実は私立大学も国立大学と同様、予算の一部に国からのお金が充てられています。次に寄付金。後ほども触れる予定ですが、他大学に比べてICUは収入において寄付金の占める割合が大きいです。その他にも寮費などが収入に含まれます。ちなみに、これは大学が寮費を利益として得ているのではなく、寮建設時に大学が拠出した施工費に寮費を充てているということです。そして、学生からの納付金。これは授業料、施設費、入学金の総額です。貨幣価値の違いもありますが、献学以来少しずつ 増額しています。私が卒業したのは今から30年くらい前ですが、そのころは一人当たりの授業料と施設費を合わせた「学費」は80万円程度でした。今現在は約140万円です。

しかし、学生一人当たりにかかる費用も増加しているので、学費と学生一人当たりの拠出額にギャップがある状況に変わりありません。先ほども触れましたが、2016年度卒の学生で言うと、学生一人当たり約200万円の赤字が4年間で発生していました。すなわち、学費は献学以来少しずつ 値上がりしていますが、現在のICUの教育の質やキャンパス環境を維持するためには、今の学費でもまだ足りないということです。ちなみに、学費がもっと安かった時代は赤字額も今より大きく、ひと世代前だと一人当たり300万円以上の赤字が出ていました。

 

――学生一人当たり約200万円の赤字が出ているということですが、その差額はどのように補てんされているのですか?
端的に言うと資産運用収益です。例えば、ICUが昔持っていたゴルフ場を東京都に売却した際、収益が300億円程度ありました。献学時に頂いたご寄付に加え、そういった資金を元手に株や債券の運用を行い、赤字を補てんしています。

ここで肝心なことは、そのゴルフ場をICUが所有するに至った経緯を正すと、大本は献学に際して集められた寄付金を元手に土地を購入した、ということです。皆さんが学ぶキャンパス、そして大学の赤字を補てんしている資産運用の元手、すべて元は寄付金であるわけです。

 

――そういう厳しい財政状況の中で、収入源である寄付金が減っているということですね。
寄付金が減っているというよりも、寄付をする同窓生が「シングル期」(献学後10年間の入学者)に集中しているんですね。ご寄付者を年代別に見てみると、「シングル期」の半数以上がご寄付くださっているのに対し、近年の卒業生は10%台です。

もしかしたら、今の学生の皆さんには「高い学費も払ってきたし、それ以上にお金を払う必要なんてあるの?」という思いもあるのかもしれません。でも、考えてみてください。大教室で学生300~400人を対象に授業を行う大学がある一方、ICUでは多くの授業が圧倒的に少人数で開講されています。その差を、果たして他大学より2割程度高い学費で補うことはできるでしょうか? 考えてみればかなり無理をしていることがわかりますよね。

また、ICUは、奨学金の主な財源として、同窓生を始めとする皆様からのご寄付、そして大学が保有する基金運用益を充てているほか、授業料で徴収した額の10%程度を奨学金で還元しています。支給している奨学金の額を比較しても、ICUの学費は抑えられている方だと思います。

なので、大学が学生に卒業後のご寄付をお願いしているのは、額面の問題ではなくて、同窓生の寄付金に支えられて学生生活を送ることができているという事実に気づいてほしいということだと思います。

 

――ですが、周りを見ても、学生生活が寄付金によって支えられているということを意識している学生は多くないように思われます。
例えばアメリカの大学では、寄付した人の名前を冠した建物が建てられる制度が整備されていたり、母校に寄付をしたりする習慣が文化として根付いています。日本は海外と比べると、母校に寄付をして、名誉という形で還元される文化が根付いているとは言い難いでしょう。

しかし、ICUにおいて、若い世代になるほど寄付者の割合が減っているのは、文化以外にも理由があると思います。献学当時の学生たちが卒業後、どうしてこんなに寄付してくれたかというと、当時は学費も安く、基金の運用益も少なかったので、自分たちの学生生活がダイレクトに寄付金によって支えられているという実感を持っていたからではないでしょうか。だから、寄付金に支えられた恩返しとして、自分たちも大学に寄付をしようと、自然と思うに至ったのではないかと考えます。現在は先ほども申し上げた通り、収益の大部分は基金の運用益です。でも、その財源は元を正すと寄付金である以上、当時と状況は変わっていません。しかし、今の学生には、その事実が十分に伝わっていないのではないのではと懸念しています。

 

――赤字を補てんする上で基金運用収益に依存しているという話でしたが、たとえばリーマンショックのような一大事が起きたときに、大きな損害を被る可能性はないんですか?
もちろん損失を被ることはあります。実際、リーマンショックのときは損失を被りましたし、その後のゆり戻しの際は利益を得ました。

運用に関しては、具体的に述べると株式、ヘッジファンドのオルタナティブ商品、債券と分散して投資しており、ある程度のリスクヘッジは行っています。とはいえ、確かに日本の他の大学に比べればリスクを取った運用はしています。しかし、アメリカの大学と比べれば、そこまでリスクを取っているわけではありません。

イェール大学を例にとると、大学の運営にかかる費用が3000億円程度に対して、学費や補助金などの収入は2000億円程度で、ギャップの1000億円を埋めているのは基金運用の収益です。ICUの財政状況を聞いて危ういと思われたかもしれませんが、世界の大学の中では大したことはない額です。予算に占める基金運用益の割合は、イェール大学では3分の1程度であるのに対し、ICUは6分の1程度。ICUの財政構造は、収入のほとんどを学費でまかなう一般的な日本の大学と、基金運用に力を入れるアメリカの大学の中間程度と言えると思います。

 

――「学生一人当たりへの支出」の内訳を教えていただけますか?
一番多いのは人件費です。高い教育の質を維持するため、学生一人当たりの教職員数が多いのも理由の一つですし、広大なキャンパスを維持するためには費用がかかります。日々芝生や木々の手入れをしている職人さんの姿を目にしているのではないかと思いますが、これはコンクリートに覆われた大学に比べて余計にかかる費用です。加えてICUでは、すべての学生に最適な学修環境を整えるため、カウンセリングスタッフや、障がいを持った学生の支援をするスタッフの配置にも配慮しています。人件費以外では、光熱費なども結構かかります。

 

――今のICUを維持するというだけでも、難しいんですね。
それと、老朽化が進む各施設の保全や整備も結構大変な課題です。昨今、よく話題に上がる本館もそうですが、施設を建て替えるにしてもお金がかかりますし、仮に保存するにしても建て替えるのと同等以上のお金がかかることもあります。例えば国会議事堂はずっとあの形を維持していますが、維持するだけでも莫大なお金がかかっていたりします。

悲観的な人は「毎年7億円も赤字が発生するなんて、この大学なくなっちゃうの?」って思われるのかも知れませんが、基金を運用せずに赤字を出し続けていったとしても、基金の残高が他大学をはるかに上回る400億円程度あるので、約60年間は持つ計算になります。ただし、施設の修繕や改修に全くお金をかけない前提ですが。ICUに世界平和の希望を託した先人や同窓生のご寄付のお蔭で、ICUの財政は「明日、明後日に財政危機に陥る」というわけではないのですが、余裕があるわけでもない。そのことをICUの重要なステークホルダーである学生にも理解してもらえたらと思います。

 

――最後に、学生にコメント等ありましたら、お願いします。
ICUが献学されるにあたってご寄付くださった皆様は、大金持ちだけではありません。記録に残っているだけでも、他大学の学生だったり、飴玉を買うお金を回してくれた小学生だったり、そういう草の根的な善意に端を発します。それも、戦後の貧しい時期に、です。

私も在学当時は寄付をしようなんて意識はまったくありませんでした。当時はバブル経済で基金の運用益も多く、ICUも今と比べてお金持ちだったし、大学が財団を持っているのを知っていました。それが寄付金を元手に運用されているとは知りませんでしたが。なので、卒業して十数年経ったあるとき、先輩から「ICUを卒業するのに300万円大学から出してもらってたって、知ってたか?」って言われて、驚きました。そこから私は10年掛けて300万円寄付し、大学から借りた分を返しましたが、もしその事実を知らなかったら、私自身、返そうとは思わなかったと思います。ですので、まずは在学生と同窓生の皆さんにこの事実を知ってもらえるだけで、大きな意味があるのではないかと考えています。

若い同窓生の皆さんにとっては、働き始めたばかりでお金に余裕がないときに母校に寄付なんて厳しいかもしれないですが、300万円という金額は、一般的なサラリーマンの生涯年収の1パーセント程度です。それくらいの意識で構わないので、後輩のためにも寄付をしていただけないかと、お願いしています。

学費を出してくれている親に感謝している学生はいると思いますが、それとは別に、この大学を献学時から今日まで支えてくださっている、多くの寄付者の存在を知っておくべきだというのが私の意見です。ご寄付くださった方の中にはもう亡くなられた方もいるでしょうが、食べるものもない時代に大学のためにお金を寄付するというのは、すごいことだと思います。皆さんに寄付を強制するつもりはありません。でも、そこに込められた思いを意識して、先人や同窓生の寄付金に支えられているということを理解した上で、大学生活を送ってもらえないだろうか、というのが私からのお願いです。

 

――ありがとうございました。

新井亮一
学校法人国際基督教大学常務理事(財務担当兼基金担当)。元J.P.モルガンマネジング・ディレクター、副社長執行役員兼運用本部長。1988年卒業。

 

※1 参考:早稲田大学政治経済学部:1,199,000円、国際教養学部:1,590,000円、基幹理工学部:1,646,000円(すべて第2-4年度)
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