馬研だより:エリザベス女王とこれからの競馬

エリザベス女王が亡くなった。読者諸氏はエリザベス女王と聞くと何を思い浮かべるだろうか。バッキンガム宮殿、オリンピック開会式、くまのパディントン、コーギー犬……さまざまなアイコンがある中で、今回は女王と競馬の関わりについてお話してみよう。

 エリザベス女王は英国でも有数の馬主であり、競走馬の生産者だった。英ダービーという最も格式の高いレースを除けば、イギリス国内のそれ以外の全ての格付け最高位のレースを制覇し、2度の英国リーディングオーナーに輝いた。現在Netflixで配信されているドラマThe Crownでも、繰り返し競馬に熱中する女王の姿が描かれているが、あれは誇張でもなんでもない。血統や生産に関する知識はプロそのものの域に達していたというし、今年の夏も欠かさず競馬新聞を読むのが日課だったというのだから筋金入りだ。

 そんな女王の競馬人生の中で特筆すべき2頭のサラブレッドがいる。それがオリオールとハイクレアである。オリオールは、1954年に女王の両親の名前が冠されたキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスで優勝し、引退後は名種牡馬としてその優秀さを示した。ハイクレアは1974年の仏オークス馬で、恐らく日本で最も有名なサラブレッドであるディープインパクトの曽祖母だ。そして、去年イギリスとアイルランドのG1競争を3連勝し一世を風靡した牝馬、スノーフォールはディープインパクトの仔である。2頭とも優秀な競走成績を残しただけではなく、その血統が海を越え行きつ戻りつ脈々と受け継がれているのである。

 優秀な馬主・生産者としてのみならず、女王は国内外で「競馬の庇護者」としての役割も果たしてきた。ノーフォーク州サンドリンガムにある王立の競走馬生産牧場、ロイヤルスタッド (The Royal Stud Sandringham)は第二次大戦後の王室改革の中で徐々に規模を縮小してきたが、その生産や育成のノウハウが民間と共有されたことで英国馬のレベルは向上した。さらに、近年の競馬界でオーナーとしても主催者としても一大勢力となったアラブ諸王との競馬を通じた交流や、アイルランド競馬界との断続的な関係も戦後イギリス外交の一ファクターとなった。加えて、英連邦中で女王の競馬への貢献を讃える意味で女王の名を冠したレースが開催されてきた。そして、英連邦のメンバーではないにも拘わらず、競馬の盛んな日本でも1976年から毎年エリザベス女王杯というレースが開催されてきた。彼女は17世紀以降続いてきた英王室と競馬の関わりの中で、最も主体的な関与を続けた君主であると言えるだろう。

 英王室と競馬の関係の今後の展望として注目されるのは、新国王は競馬において女王の後継者になるのかということである。チャールズ3世は競馬にあまり興味がないことで知られる。また、コロナ禍やウクライナ戦争によって経済的に疲弊した英国では王室批判のムードが高まっている。新国王は王室財政の見直しを迫られており、経済的に負担になる競馬は間違いなく事業整理の対象になるだろう。加えて、競馬はアニマル・ウェルフェアの立場から問題視されることが多い。国王にとって、競馬は積極的に擁護しにくいスポーツであろう(本稿を執筆中にもチャールズ3世が女王の所有馬の一部を売却するというニュースが入ってきた)。動物愛護や持続的発展といったポイントから、この先の展望がなかなか見通せない競馬界。女王の喪失は英国のみならず世界の競馬にとって大きな損失であり、将来を左右する分岐点になるだろう。

 11月13日に阪神競馬場で行われる第47回エリザベス女王杯は、本来であれば女王の即位70年を記念した特別なイベントとなるはずであった。日本から手向けの一勝を挙げるのは果たしてどの馬になるのか。じっくりと予想してその日を待ちたい。

【ICU競馬研究会 朱張】

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