『野糞体験記〜海外編〜』

遡ること1年4ヶ月前、The Weekly GIANTS web版にて、『野糞体験記』なる記事が掲載された。ICUのマクリーン通り(通称:滑走路)脇の森での、筆者の野糞体験を赤裸々に綴ったこの記事は、学内のナチュラリストらから大絶賛を浴びた。

 この潮流に乗じて筆者も、非公式ながらICUNS(ICU NOGUSOCIETY)を設立。日夜、自然から頂いたものを、ダイレクトに自然へと還す活動に注力している。確実に、学内における野糞への意識は変わり始めている……。そう強く実感するこの頃である。

 そこで、今回は『野糞体験記〜海外編〜』と題して、筆者の経験した便意との格闘を再び筆に起こしてみたい。学内における野糞への理解を少しでも促進し、また一人でも多くのNogusistを養成する一助となれば幸いである。

 時は、2018年夏まで遡る……。

 7つの海を支配した、かつての大英帝国、その都ロンドン。筆者は、自らの足でその地を踏んだ。足の裏から、この街の抱える壮大な歴史が体に流れ込んで来るようである。

 筆者はロンドンを、sea proで訪れていた。学内プログラムとはいえ、現地に着いてしまえば後は自由。ロンドン観光と洒落込もうと決めていた。日中、大英博物館やナショナルギャラリーを見物し、そろそろ日も暮れてきて夕飯時となった。イギリスは飯が不味いとよく言われる。しかし、旧植民地であったインドや香港の料理は、ここイギリスの名物と言っても良いくらい美味なのである。筆者は意気揚々、ロンドン中心部に店を構えるインド料理店へと足を運んだ。それはそれは豪華な夕食であった。次々と運ばれてくる、スパイシーな料理に筆者は舌鼓を打った。

 給仕をしてくれていたのは、二十歳くらいのバングラデシュ出身の男性であった。お腹も満たされ、そろそろ帰ろうとしたその時、彼は紙エプロンに何かを書いて渡してきた。見ると、そこには彼とこのレストランの名前があった。どうも彼が言うのは、ホテルに帰ったら、必ずGoogleの口コミでこのレストランに高評価を付けろ、そしてレビューに彼の名前を書いて、サービスが素晴らしかったと投稿しろということであった。筆者は適当に「OK OK」と頷き、彼から渡された紙エプロンをポケットにしまい、店を後にした。

 涼しい風にあたりながら、そろそろホテルに帰ろうかと思ったその時である。突如、先ほど食べたインド料理の香辛料が筆者の腸へと、宣戦を布告した。慌ててトイレを探す。だが、ヨーロッパに行かれたことのある皆さんはお分かりだろう。日本に比べて、ヨーロッパの街中のトイレが如何に少ないかということを。コンビニもなければ公衆トイレもない。そう、ヨーロッパにおいて突然の便意に襲われるとはまさに死を意味するのである。

 そんなことを考えている間も、便意は刻一刻と私の腸内へと進軍して来る。ロンドンという異国の地にあって、筆者はいわば日本人の代表である。その責任感の元、筆者は、日本的な奥ゆかしさを体現せんと努めてきた。しかし、ことここに至っては、そんなことは言っていられない。便意は、奥ゆかしさなど全く解さんじゃじゃ馬の如く暴れ回っている。「都市の空気は自由にする」とはよく言ったものだが、まさか便意までをも解き放つとは。筆者は必死に「Oder、 Oder」と自らの腹を落ち着かせようとしたが、効果は無い。

 かくなる上は、この街中で便をたれるしかない。ちょっとした公園でもあれば、そこで済ませるのだが、それもない。コンクリート・ジャングルに囲まれていた筆者は、覚悟を決めた。あの車の脇でしよう。ちょうど車が影になって通行人からも見えにくい。あそこでしよう。もう猶予はない。車の傍へ駆け寄る筆者。徐にズボンを下げる、そして……。

 かくして、糞便はイギリスの地へと放たれたのであった。便意に国境は無い。筆者の下痢は今、訪英した。傍にあった車のバンパーには糞便がかかり、綺麗なメタリックブルーは茶色くなり、見るにも耐えない状況である。ただ、これだけでは終わらなかったのだ。

 突如、後方から人の話し声が聞こえてきた。数人のグループがこちらへと歩いてきているのだ。これでは、鉢合わせてしまう。しかし、この状態でズボンを上げれば、パンツに便がこびりつくのは必至。急いで尻を拭かなければならないが、もちろんトイレットペーパーは無い。迫る足音。絶体絶命。筆者は何かないかと咄嗟にポケットに手を突っ込んだ。するとそこにはあの紙エプロンがあったのである。ウェイターの彼が渡してきた、彼とレストランの名前入りの紙エプロンがあったのである……。

翌朝(ここからは全て筆者の勝手な推測である)

 

 俺の名前はポール・スミス。もう40過ぎの中年だ。だが、今日をもって、俺はただの中年男じゃなくなる。もう一度、パパになるのだ。俺には30歳の時にできた娘がいる。俺は娘を愛していた。娘とはよくドライブに行ったものだ。娘は車が好きだった。ドライブしている時の娘の笑顔が一番輝いていた。ささやかだけれども幸せな家庭だった。

 しかし、仕事のストレスでつい嫁にあたることが増えるようになった。俺は酒に溺れた。給料のほとんどを酒に使うようになった。娘が大好きだったあの青い車も、酒代のために俺は売り払った。嫁はそんな俺に愛想を尽かして、娘を連れて家を出て行った。俺は自己嫌悪に沈んだ。心の底から自分はどうしようもない奴だと思った。だが、周りの人が俺を支えてくれた。

 俺はゆっくりゆっくりアル中から立ち直って行った。仕事にも徐々に復帰した。立ち直った俺の姿を見て、嫁はもう一度会ってくれると言った。嫁と別れて5年の歳月が経っていた。俺は今日、この日のために、娘が好きだったあの青い車を買い直した。この車に乗って今日、俺は娘を迎えに行く。ここから、俺はやり直すんだ、夫として、パパとして。

 さあ、もう行かなきゃ行けない時間だ。徐に家を出て、停めていたあの青い車の前へと向かう。が、俺は目を疑った。俺たち家族のこれからの明るい未来を思わせた、あの綺麗なメタリックブルーのバンパーには、人糞がこびりつき、見るも無惨に茶色くなっているではないか。俺は発狂した。誰がこんなことを! すると、そこには紙エプロンが落ちてあった。犯人はこれで尻を拭いたのだろう。よく見るとそこには人の名前が書かれてある。そして大胆にも自分の職場までもが書かれてある。なんと言うことだ。犯人は、自ら名乗り出るという挑発を仕掛けて来たのだ。2018年の夏に切り裂きジャックは蘇った。無差別排便魔として……。

 夜が明けようとしていた。無事、野糞を貫徹させた筆者は、爽快感に満たされながらホテルへと帰っていた。想定外の連続だった。しかし、今、筆者は咄嗟の機転によりその絶体絶命の状況を乗り切ったのだ。便意から解放された筆者は、ロンドンの街を疾走した。心地よい達成感が、身を包んでいた。

〈Get wild〉♫イントロスタート

あの下痢には、俺のズボンを汚す値打ちも無い。だからこそ、野糞をする俺のような男がいるのさ。

アスファルト タイヤを切りつけながら

暗闇走りぬける

チープなスリルに身をまかせても

明日におびえていたよ

It’s your pain or my pain or somebody’s pain

誰かのために生きられるなら

It’s your dream or my dream or somebody’s dream

何も こわくはない

Get wild and tough

ひとりでは解けない愛のパズルを抱いて

Get wild and tough

この街でやさしさに甘えていたくはない

Get chance and luck

君だけが守れるものがどこかにあるさ

Get chance and luck

ひとりでも 傷ついた夢をとりもどすよ

【ひし美ゆり子】

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