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6/2 シンポジウム「“ここ“の歴史へ ―幻のジェットエンジン、語る―」 企画者へ直前インタビュー

▲発見されたジェットエンジンの一部(国際基督教大学提供)

2017年にICUのキャンパス内で、第二次世界大戦中に中島飛行機三鷹研究所で開発されていたジェットエンジンの一部が見つかった。このジェットエンジンの一部についてのシンポジウムが、6月2日にICUアジア文化研究所、平和研究所と東京文化財研究所の共催で開かれることになった。そこで、今回はシンポジウム「“ここ“の歴史へ ―幻のジェットエンジン、語る―」の企画者である高澤紀恵教授(以下高澤先生)とアジア文化研究所助手の岸佑さん(以下岸さん)にお話を伺った。(※インタビューは再構成済)

 

ーーまずシンポジウムが開かれることになった経緯についてお聞かせください。

高澤教授:すでに報道等でご存知かもしれませんが、ICUにあったひとつの物体が、昨年の春から夏にかけての調査で、戦時中に中島飛行機で開発中であったジェットエンジンの一部だということが明らかになったんです。しかし、このことは、発見後すぐにわかったわけではありません。日本航空協会の方たちがICUに来て、現物を見てくださった後に、この物体が上野の東京文化財研究所に運ばれて、ジェットエンジンの一部であることが「発見」されたという一連のプロセスがあります。私と岸さん、それから菊池所長などアジア文化研究所のメンバーがそのプロセスに立ち会っていたんですね。私は歴史を勉強している者として、このプロセスを通して、私たちは過去をどういう風に見出していくのか、あるいは自分の前で過去が新しくどのように立ち上がってくるのかを直に経験することができました。この物体は、そこに「ある」だけでは何も意味を持ちませんでした。しかし、飛行機や戦前の航空技術に関する専門知識を持った方が向き合うことで、はじめてその意味が立ち上がってきたんですね。その前提として、ICU高校の高柳昌久先生がずっと調べていらした、中島飛行機三鷹研究所に関する調査がありました。何より、「近代日本とICU」という授業を受けた、ICUの一人の学生が主体的に動いて、調査をして、ただ静かに眠っていた無言の物体にたどり着いたことが出発点となりました。いろんな力や情熱、いろんな専門家の知見、若者のアクションが交差することで、一つの無言の物体の意味が浮かび上がってきたんです。私はたまたまそれにずっと立ち会うという稀有な体験をしたんですね。それで、この経験を私たちだけのものにするのではなくて、どうやって広く社会に還元していけるのかということを考えました。つまり、過去からメッセージが来た気がしたんですね。このメッセージを私たちはどうやってしっかりと受け止めて、次の世代あるいは地域の人たちと分かち合うのか、ということを考えた時に、今回のシンポジウムを思いつきました。この物体には、世界を読み取るものすごいヒントがあると思います。シンポジウムという形で、もっともっといろんな領域の専門家にも来てもらって、ここからまたみんなで一緒に考えてみたいなと思ったんですね。

岸さん:アジア文化研究所としては、実際にシンポジウムをどう動かすかということが仕事なので、出てきたアイデアをまとめたり、シンポジウムを開く場所を押さえたり、どのような方をお呼びするか考えたり、といったことをしてきました。

 

ーーシンポジウムの概要について詳しく教えてください。またパネリストの方たちはどのように決定されたのかについて教えてください。

高澤教授:第一部では、この発見に直接的に関わった方たちに、お話をしていただきます。なんといっても今回の発見の第一の功労者は高柳先生です。この物体がジェットエンジンではないかと高柳先生は予測はされていたのですが、多くの専門家たちは戦時中に作られたジェットエンジンなど残っているはずはないと言って、これがジェットエンジンであると言ってくれるオーソリティがいなかったんですよ。それでも高柳先生は諦めずに、ありとあらゆるツテを頼って、この物体がジェットエンジンであるという「発見」につなげました。そこで、まず高柳先生に、その経緯と中島飛行機三鷹研究所についてお話していただきます。

また、今回の「発見」には、日本航空協会の方達が現物を見に来てくださったことが大きかったんです。そこで、航空協会の長島宏行さんに、航空機の歴史やジェットエンジンの技術史の中で、この物体がどういう意味を持っているのか、といったことをお話しいただきます。苅田重賀さんも、当初から調査をしてくださっている方です。ジェットエンジンという産業遺産は、当時の先端技術の粋であるそうですが、一般の私たちがただ眺めてもその凄さはわからないですよね。その価値を広く社会と共有するために、諸外国ではどういう展示の仕方をしているのかということをご説明くださると思います。

第一部と第二部の間に、学生による映像作品上映があります。ジェットエンジンの調査に協力していただいた方のなかに、藤原洋さんという方がいらっしゃいます。この方は1945年の8月17日に戦争に負けたことで日本の飛行機をもう見られなくなると思って千葉から電車を乗り継ぎ中島飛行機三鷹研究所まで飛行機を見にいらした方です。つまり、戦後すぐの中島飛行機の様子を部外者として目撃されています。彼は根っからの飛行機好きで、長年航空産業に携わり、現在も航空ジャーナリスト協会の顧問をなさっている方です。そんな彼が72年ぶりに“ここ”ICUに来て、その物体を見てくださったことが、今回の「発見」に繋がりました。私は、これはすごいドラマだと思い、学生と一緒に当時の地図を持ってICUを歩いて、72年前のお話をしていただけないかと去年の夏にお願いしました。また、常日頃、感性あふれる学生たちは世界と向き合い、世界を発見する新しい目を持っていると感じていたので、学生がそのドラマを映像として記録したらいいんじゃないかと思ったんです。新しい目を持つ学生たちが藤原さんに会って、それを映像にしてくれると、1945年の証言記録ともなり、同時に2018年のICUの記録にもなりますよね。シンポジウムでは、このプロジェクトに共鳴してくれた学生たちが、30分ほどの映像作品をつくってこれを上映してくれることになっています。

第二部では、この物体が語ることをもっともっと広い文脈で聞いてみたい、と思っています。この物体が成立するためには、技術的なことはもちろん、作った人やシステム、ニーズ、用途など社会のさまざまな要素が関わっていますよね。つまり、時代のさまざまな特徴がこの物体には刻みこまれているはずです。それらをこの物体から読み解いていく、ということを第二部でやってみたいと思います。奥泉光さんは、ICUの卒業生で芥川賞作家でいらっしゃいます。つまり、皆さんと同じように、彼はここで青春を過ごしていらっしゃったんですね。そうすると、“ここ”の歴史は中島飛行機で終わっているわけではないんです。1945年で終わっているのではなくて、1953年から今までICUを通り過ぎていった人たちの幾多の人生の記憶がいくつもの層になっているんですよね。そういうものとして“ここ”の場所、“ここ”の歴史を考えなくてはいけないし、かつて軍需産業の頭脳であった場所が平和のための大学になったことの意味も考え、読み解かなければいけません。それで、私は奥泉さんのような方に来ていただけないか、という野望をいだきました。奥泉さんはこの申し出に快く応じてくださって、シンポジウムにおいでくださることになりました。加藤陽子さんと大門正克さんは高名な歴史家です。加藤さんは『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』というベストセラーのある現代史家ですし、大門さんも聞き取り調査の手法を組み込みながら日本の近現代をそこに生きた人たちの視点から描き出そうとしていらした方です。お二人とも活躍中の大歴史家でありながら、シンポジウムのお話をしたらとても快いお返事をいただけました。

第一部でエンジン部品の物体としての意味を読み解いてから、“ここ”の場所の歴史へと広げてみんなで考えてみたいというのが第二部の意図です。

岸さん:普段ジェットエンジンは、湯浅記念館に展示されているわけでも、図書館の歴史資料室に展示されているわけでも、この研究所の中にあるわけでもない。せっかく見つけたジェットエンジン部品ですが、今は宙ぶらりんの状態なわけです。この発見についてのシンポジウムを開くのだったらなるべくたくさんの人に見てもらいたいと思いました。飛行機に興味がある人たちや、歴史に関心がある人、ICUの学生、そして三鷹に住んでる地域の人たちにも来てほしい。いろんな知名度がある方に来てもらえると、多くの人に伝わるだろうという意図も含めて、第二部はこの3人の先生方たちにお願いしました。

 

ーーシンポジウムのタイトルの意味について教えてください。

高澤教授:私たちが今いる“ここ”には色々な時間が積み重なっているわけです。中島飛行機三鷹研究所ができる以前は、“ここ”には静かな村の生活があったり、もっと時代を遡れば縄文の遺跡があったりします。つまり“ここ”には時間の層があるんですね。みんなでその時間の層を掘り進んで、私たちのいる場所を読み解いてみたいと思っていて、どんなタイトルでこれを表現できるかをみんなで考えました。最初はよくある三題噺で「地域・戦争・大学」としていたんですけど、これでは十分に伝わらないよね、ということになりました。それで、アジア文化研究所の先生方、東文研や航空協会の方たち、映像作品を作っている学生たちとの議論を通して「“ここ“の歴史へ ―幻のジェットエンジン、語る―」というタイトルにたどりつきました。「歴史」とあるように、歴史はどこかにすでにあるものではなくて、私たちみんなが紡ぐものなんだと思うんですね。たとえば、今回現れてくれたジェットエンジンという無言の物体に、私たちが様々な問いを投げかけたり、知識を持つ人が見たりすると、物体は雄弁に語り始めるんです。その声を聞くこと、それからそれを取り巻く人間の織りなしてきた歴史を見るということを、いろんな立場や世代の人たちとやってみたいなと思い、このタイトルになりました。これが決まった時は、みんなでそうだ、これだねっていう感じになりましたね。

 

ーー最後に、シンポジウムを通して、ICU生にどのようなことを考えてもらいたいですか。

高澤教授:自分のいる場所の歴史性というものを発見してくれたら嬉しいです。どこの大学もそうなんですが、とりわけ私立大学にはそれぞれ唯一無二の個性があります。ICUにみなさんがいるのは幾つかの偶然によるものなのかもしれません。でも、せっかく“ここ”にいるのだから、本当にかけがえのない4年間をICUに託して過ごすことの意味を深く考えてほしいと思います。そうすれば、“ここ”での学びも深くなるだろうと思います。それから“ここ”を出て何十年というこれからの生涯におけるコアみたいなものをICUで発見してくれたらいいな、ということを思います。ICUという場所がどういう場所なのかを一緒に考えることは、この大学が持つかけがえのない唯一の意味、価値を明らかにしてくれるだろうし、少なくともみんなで考えるきっかけになると思うんです。ですから、気楽に来てくれたらいいと思うんですよ。

もう一つは、世界の読み取り方ですね。いろんな読み取り方があると思うので、なにか一つの読み取り方が特権的だと言うつもりはないんですけど、その見方の中の一つとして「時間の中で世界を見て、考える」という見方は必要だと思います。時間の中で見てみると、今までただの鉄の塊みたいに思われていた物体の意味が立ち上がってくる。その感動のようなものを一緒に分かち合いたいし、それはもうリベラルアーツのICUらしい企画だと思います。だから楽しんでくれたらと思います。

岸さん:「こういうことを知ってほしい」とか「こういう風に見てほしい」とか、希望はたくさんありますが、このシンポジウムではやっぱり普段ICUにいるとなかなか聞けない話を聞いてほしいと思います。例えば飛行機の授業などは、ICUでは開講されていないと思うので。先生や専門家が集まって、そういう人たちの間でどういう対話がなされて、どういう方向に議論が向かうのかを見るというのは、授業で先生の話を聞くこととはまた違った経験だと思うんです。授業を受けるのとも、講演会を聞きに行くのとも、少し違う別の知的な興奮、経験を味わえると思うんです。だから、シンポジウムに来て、そういうおもしろさもあるんだって思ってもらえると嬉しいですね。

 

ーーありがとうございました。

 

私たちが学ぶ「ここ」は、いくつもの歴史が積み重なって、今のICUという姿になっている。そして、今も私たちは知らず知らずのうちに「ここ」の歴史を紡いでいる。このシンポジウムは、そのことを意識する良い機会となるだろう。6月2日は、ぜひこのシンポジウム「“ここ“の歴史へ ―幻のジェットエンジン、語る―」に足を運んでいただきたい。