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北朝鮮での学生交流に参加したICU生にインタビュー

この夏、北朝鮮の首都平壌において平壌外国語大学の学生と日本の学生の交流会が開かれた。参加者の一人である田尾紗衣さん(ID22)の活動の様子はTBSをはじめ、いくつものメディアに取り上げられた。交流会が終わり、日本に帰国した彼女は何を語るのだろうか。改めて、貴重な体験を経ての正直な気持ちを語っていただくべく、インタビューを行った。

なお、北朝鮮の正式な名称は「朝鮮民主主義人民共和国」だが、インタビュー内では北朝鮮という名称を便宜上用いている。

▲田尾さん(左から二番目)と交流会に参加した日朝の学生たち

――今回、交流会に参加しようと思ったきっかけは何ですか?

簡単にいうと、本当に北朝鮮に行ってみたかったからです。中学一年生の時にK-Popを好きになったのがきっかけで始めた韓国語の勉強はそれ以来、7年間続けています。高校在学中には韓国への短期留学も経験しました。そうした中で、北朝鮮は韓国と同じ言語を話し、互いに意思の疎通も出来るのに、韓国の文化だけしか知らない自分は視野が狭いのではないかと思うようになりました。そうして、せっかく言葉も知っているのだから、北朝鮮についてもテレビからの情報のみに頼るのではなく、実際に自分の目で見てみたいと思うようになったのが始まりです。

最初は個人で行こうと思っていましたが、それは少し危ないだろうということで諦め、いろいろと情報を集めているうちに、現地の大学生との交流イベントがあるということを知りました。そこで、そのイベントの統括をしている団体に連絡を取り、話をして、交流会に参加することが決まりました。

 

――交流会を主宰している団体の活動の歴史は長いのでしょうか。

2000年ごろから「南北コリアと日本のともだち展」という絵画展を主催しています。目的は、北朝鮮、韓国、日本の人たちが、互いの間の壁を乗り越えて交流をするということです。北朝鮮と韓国の国民は互いの国に入ることが原則禁止されていますし、日本人は北朝鮮に対して強い反感を待っています。2000年当時は特にそれは強かったと思います。こうした事情で、このイベントは、3カ国は地理的には近いのに遠い国となってしまっていたところを、それぞれの国の子供たちの描いた絵を交換することで、3カ国の子供世代の交流を促進するというものでした。それが団体の北朝鮮との交流の始まりだったそうです。

学生の交流に関しては、2012年頃に大学生の交流を呼びかけた学生の方がいたそうで、その後2年あまりの交渉を経て、平壌外国語大学の学生との交流が始まったそうです。昨年は北朝鮮によるミサイル発射などの関係で中止となってしまいましたが、今年は2年ぶりに開催されました。

 

――現地での具体的な活動内容を教えてください。

現地には7泊8日滞在しました。学生交流はそのうち3日しかなかったのですが、それでも以前よりは長くなったと聞いています。残りの日は平壌周辺でスタディツアーをしました。北朝鮮の主体(チュチェ)思想(北朝鮮独自の社会主義という意味で、金日成により提唱された思想)を記念した主体思想塔や凱旋門を見学したり、南北国境地帯の板門店では北朝鮮の軍人の話を聞いたりもしました。

 

――北朝鮮側から板門店を見るというのは珍しい体験ですね。

そうですね。通訳の方によると、北朝鮮の一般市民は板門店に近づくことは原則出来ないようです。その方は、前回の交流にも参加されたそうですが、そのときは板門店に近づく許可が下りなかったそうです。板門店には今回初めて来たということで、感慨深いと言っていました。実は板門店は韓国側からでも、そう自由に出入りできる場所ではなく、中には外国人しか観光で立ち入ることができない区域もあります。意外ですが、板門店に限っては南北両側で外国人のほうが入りやすいんです。

 

――北朝鮮に実際に行ってみて、行く前に持っていたイメージと違う部分はありましたか?

日本では、北朝鮮について取り上げられる話題は政治関連のことばかりですが、実際に平壌に行ってみると、一般の人は当たり前に普通の生活をしていました。朝に散歩へ出たときには、バドミントンをしているおばさんや、道でジュースを買って飲んでいる人を見ました。社会主義というと、もっと生活が統制されているイメージを以前は持っていましたが、意外に平壌の市民は自由な時間も持っているようでした。日本からは北朝鮮の国民一人ひとりのことが見えていなかったと感じました。以前は北朝鮮の人々は皆貧しい生活を送っているというイメージを持っていましたが、平壌には大きなビルもあって、建物の中では空調も寒いくらいに効いていました。それが外国人に見せる為のものなのかどうかは一度行っただけでは分かりませんが、貧しいというイメージは薄くなりました。

 

――余談ですが、ご飯はどうでしたか?韓国料理との違いは感じましたか?

元は同じ国でしたので、基本は同じ朝鮮料理です。キムチは毎日食卓に出ましたし、ビビンバや辛いスープもありました。他にも名物の平壌冷麺も食べました。冷麺を食べた店は南北首脳会談で両首脳のために冷麺を出した有名店だそうです。どれもすごくおいしかったです。

 

――交流を通して北朝鮮の社会、体制に対する考え方は変わりましたか?

難しい問題ですが、政治の話はとりあえず脇に置いて、個人的に北朝鮮の大学生と話ができるということが重要だと感じました。渡航前には、現地の大学生には雑談だけではなく、社会主義に対する意見や日本に対する意見を聞かなければいけないと思っていたのですが、実際には現地では個人的な話ばかりしていました。小学生のときの話とか。政治の話は専門家にしてもらえばいいです。

 

――交流を通して田尾さんご自身の価値観や物の見方に影響はありましたか?

皆さんも、海外旅行に行くと感じることがあると思うのですが、実際に見てみなければ分からないこともあるということを、7泊8日の間ずっと感じていました。特に北朝鮮となると、日本から見る姿とはかなりのギャップがあります。自分が持っていたイメージとのギャップもやはり大きく、帰国後は、北朝鮮での滞在は本当に現実だったのか、夢だったのではないかと戸惑ってしまったくらいです。

日本で与えられる情報が真実なのかどうか、クリティカルシンキングの姿勢で考えることの必要性を改めて感じました。同行した人の中に、中東のガザや日本国内の被災地での取材経験があるジャーナリストの方がいたのですが、私も情報を伝える側になってみたいとも思いました。ひとりの人が自ら物事の全てを見るのは不可能です。他の人たちが見えない側面を自分の視点で補うことができるようになりたいと思いました。

 

――テレビ等のニュースに出演されていましたが、報道では発言内容が歪められずに、きちんと伝えられていましたか?

それはなかったです。放送時間の関係で、長い取材の一部を切り取っての報道でしたので、100パーセント伝えたいことが伝わったとは言えませんが、特に不満はないです。

 

――最後に、何か読者に伝えたいことがあればお願いします。

北朝鮮というと政治的な面ばかりが注目されます。ですが、現地の大学生の子たちは日本の若者と同じように、美容のことなんかを気にしたりしていて、個人レベルでは、共感できることは多くありました。以前は良好とは言えなかった日韓関係も、韓流ブームなど(市民間の交流を通して)国家同士の関係が改善しました。北朝鮮も国としてばかり見るのではなく、個人レベルの交流を増やしていけたら、国同士の関係も変わっていくと思います。

 

――ありがとうございました。