ICU学生寮「貴方自身の選択、涙を流す時ではない」空白の12日間
|4月、コロナ禍での学生寮をめぐる大学当局の対応には空白の期間があった。空白の12日間、大学の方針と異なる文書が銀杏寮に掲示されていたことが、寮関係者への取材で分かった。銀杏寮の他、キャンパス内に9つの寮があり、いずれも大学が設置している。
内実なき「勧告」
3月25日以降、都内の新型コロナウイルス感染者数は増加傾向にあった。大学側は加藤恵津子学生部長名で「春学期中の寮一時退居の勧告」(勧告)を発出。勧告は、3月23日の小池百合子東京都知事の「ロックダウン(都市封鎖)」発言を念頭においたものだった。しかしながら現行法制上(2020年3月現在)、日本政府はヨーロッパ同様の「都市封鎖」を実施できない。
勧告は、寮内で感染者が発生した場合の施設閉鎖の可能性に触れる。また感染した寮生に対しては、一時退居し、可能な限り保証人または保護者によって引き取られることを要請をしている。たしかに、国際基督教大学教養学部学生寮運用細則(寮運用細則)第13条では、法定感染症の感染者に対する退寮等の措置を規定しているが、勧告には寮運用細則第13条を根拠として明記はしていない。
勧告が出される以前の1月28日、政令によって新型コロナウイルスは、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)第6条8項の「指定感染症」に指定された。勧告の出された4月2日時点では、感染症法に基づき症状の重さに関係なく、感染者は入院する必要があった。感染者の一時退居と保証人または保護者の引き取りを要請する勧告は、根拠を示さない上に、原則として患者の入院を必要とする感染症法と矛盾している。
突如として掲示された「通告」
寮関係者によると、4月6日付けの「在寮の皆さんへ、(social distance)」と題する文書が寮管理人によって銀杏寮内に掲示されていたという。
「今は非常時です 寮は自由に出入りできますが businessホテルと勘違いしないでください」。寮に掲示された文書は冒頭で、寮とホテルを取り違えないようにと注意を促す。また「必要があればカードキーをとめます」との記載もある。
国際基督教大学寮・銀杏寮・樫寮規程(寮規程)第4条2項は、寮管理人が「寮の運営管理と寮生の心身の健康管理を行う」ことを規定する。しかし、「1、体調が悪い時、すべて自分で管理する」、「3、管理人に話をしない・相談をしない」という諸注意は寮規程に定められている、寮管理人の職務の放棄に近しい記述とも理解できる。
寮生が新型コロナウイルスに罹患した場合のことを想定しているのか、文書からは読み取れない。だが、仮に寮生が感染した場合を想定しているのであれば、「8、寮外で保護者を待つか、ホテルに行くか、自分で決めて下さい」という表現には問題がある。新型コロナウイルスは感染症法上の指定感染症だからだ。
文書は大学側から出された勧告(4月2日付け)よりも強い表現で寮生に指示している。また、勧告にはなかった私権制限や人権侵害とも捉えかねない内容が見受けられる。寮関係者によると、4月15日付けのガイドライン公表後に文書の掲示はなくなったという。
ガイドラインの公表
大学は、加藤部長名で「寮内でPCR検査陽性者が出た場合の大学対応ガイドライン【4月15日時点】」を発出した。ガイドラインは4月2日付けの勧告に、東京都の軽症患者向けの宿泊施設借り上げを加味したとしている。
ただガイドラインは、新型コロナウイルスが指定感染症となってから、3か月近くも経過してから発表されている。勧告のあった4月2日には、厚生労働省が各地方自治体の衛生部局に向けて、療養施設の借り上げの準備についての事務連絡を行っている。ガイドラインの公表は、遅きに失した感を否めない。4月2日にガイドラインが公表されていれば、銀杏寮の文書が掲示されることもなかったはずだ。
Weekly GIANTS Co.は、加藤学生部長(「国際基督教大学教養学部学生寮に関する基本原理と諸規程」第2条に基づく)およびハウジング・オフィス(同第13条に基づく)に、4月6日、9日、13日の3度にわたって質問状をメールで送付し、加藤部長から4月16日に一部の回答を得た。ハウジング・オフィスからの回答は得られなかった。
勧告の内容に関して、「大学危機管理委員会(委員長、岩切正一郎学長)が4月2日以前の状況を踏まえた」と説明した。また、「(改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく)7日の緊急事態措置による外出自粛に伴い、大学に通勤する職員数が通常の半数以下」となり、「400名超(3月時点)の寮生をキャンパス内に留め置くのは危険と判断した」ことが勧告の背景だという。
「ロックダウン」の認識については説明を避け、「都知事はその後、(改正新型インフルエンザ対策等策特別措置法による)「緊急事態措置」(4月7日)と称し、週末の他県への移動、通勤、外出などに対して一連の自粛を呼びかけている。この結果、大学に通勤する職員は現在(当時)、通常の半数以下となっている。これらは4月2日の時点で大学が想定していた事態だ。」と弁明した。
銀杏寮の文書について指摘したところ「一切関知していなかった」と回答し、「ガイドライン発表の前に、寮の独自判断でルールを作成したようだが、その内容は必ずしも大学の方針と同じではない」と述べるにとどめた。
問われる学生部長の在り方
学生部長は、国際基督教大学教養学部学生寮に関する基本原理と諸規程第2条によれば、学生寮の統轄者だ。では、統轄者とはなにか。
新明解国語辞典を引けば、「統轄」の語を「中心(的位置)にあって、一つにまとめること。」とある。また大辞林は、「統一して管轄すること。多くの人や機関を一つにまとめてつかさどること。」と解説する。辞書的な説明を用いれば、学生部長とは各学生寮をまとめて管理する責任者であると理解できる。
銀杏寮の文書掲示に関して、加藤部長は統轄者としての職責を十分に果たしていたと言えるのか。「銀杏寮に関しては、銀杏寮に取材をなさってください」。加藤部長の統轄者としての意識の希薄さが垣間見えてきた。
露見した「日本的」な責任感覚
あくまでも加藤部長は、自らの署名付きの勧告およびガイドラインが岩切学長を委員長とする大学危機管理委員会(委員会)の判断によるという姿勢を崩さない。勧告およびガイドラインの判断が、委員会という組織で決定されたことは理解できる。だが、学生寮の統轄者は加藤部長だ。たとえ建前であれ判断の責任は、署名をした加藤部長自身にもあるはずだ。
勧告とガイドラインの公表までに12日間の空白があったが、ガイドラインの内容は4月2日時点でも十分に公表できるものではないか。改正特措法による緊急事態措置を想定できるのにもかかわらず、ガイドラインを速やかに発出できなかったことには、検証の余地がある。大学側が早期にガイドラインを発表できていれば、銀杏寮管理人の「暴走」は防げていたかもしれない。
評論家の故加藤周一は、1981年の「日本文化のアーキタイプスを考える」をテーマとした連続講演会(ICUアジア文化研究所主催)で、日本では集団が責任をとる代わりに個人の責任は曖昧になるということに言及した。今回の一件で考えれば、加藤部長は個人の責任を認識せず、判断の責任を委員会に転嫁しているようだ。また、加藤部長は寮の統轄者でありながら、自ら署名した勧告によって誘発された銀杏寮における出来事に対する責任感覚を欠いている。銀杏寮管理人の行動が「暴走」に等しいことは確かだ。だが統轄者がきちんと機能し、管理人の側と情報の共有をしていれば、文書が掲示されることはなかったはずだ。
ウィズコロナの時代は長く続く。学生部長の取り組みを今後も注視していきたい。
【高橋義信】