ICUが「新型コロナウイルス感染拡大防止のための行動指針」を改定
―その理由とは―
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新型コロナウイルス感染症の再拡大が懸念される中、政府は1月7日に東京都を含めた11都道府県に緊急事態宣言の再発令を決定した。これを受けてICU当局は、1月12日に「新型コロナウイルス感染拡大防止のための行動指針」の内容を一部改正し、行動制限ステージを1から2に引き上げることを公示した。しかしこの決定は、1月5日にICU当局が、緊急事態宣言が再発令された場合の冬学期の授業形態*¹を通知した段階では予定外のものであった。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、今週中にも政府から首都圏の1都3県に緊急事態宣言の発出が検討されていますが、本学における1月6日以降の授業形態は、冬学期当初のものをそのまま継続します。ただし、緊急事態宣言の内容に伴い、変更する場合がありますことをご了解ください。 |
▲※1 冬学期の授業形態の方針に関する大学からの通知の内容
この行動指針については、昨年の10月15日に大学のホームページ上で内容が更新されており、その際は、緊急事態宣言が発令された場合、授業形態が「オンライン授業のみ」になると記されていた。しかし今回、その内容が改正されたことにより、宣言が発令されたとしても教育機関に対する自粛要請が行われていない場合には、ハイブリッド式(オンライン授業と対面授業が選択できる形式)(以下、ハイブリッド型)の授業を開講することが可能となった。
一体なぜ、大学当局は行動指針の改正に踏み切ったのか。その理由を探った。
国・東京都の方針
行動指針の改正理由について述べていく前に、今回の緊急事態宣言に対する国や東京都の基本的なスタンスを確認しておきたい。一回目の緊急事態宣言と違い、今回は制限や時短要請の対象などをかなり限定しており、主に飲食の場における感染拡大を防ぐという意味合いが強い。そのため、飲食店以外の業種(映画館、劇場、デパート等)に対しては、時短・休業要請などの強い措置は講じない方針だ。それは、教育現場での対応についても同様である。
萩生田文科大臣は緊急事態宣言が再発令された場合における措置について、1月5日に行われた臨時会見の中で次のように説明した。
新型コロナウイルス感染症については、現時点においては、児童・生徒の発症や重症の割合は低く、また学校から地域へ感染が広がっている状況ではありません。 ―(中略)― 地域一斉の臨時休業は、学校における新型コロナウイルス感染症のこれまでの感染状況や特性を考慮すれば、当該地域の社会経済活動全体を停止するような場合にとるべき措置であり、子供の健やかな学びや子供たちの心身への影響の観点から避けることが適切だと考えております。 |
また、大学の授業形態については、次のように述べた。
大学等における授業の実施については ―(中略)― 感染対策をより慎重に講じた上で、面接授業の実施が適切と判断されるものについては引き続き実施を検討する一方で、感染防止の徹底と面接授業と遠隔授業を効果的に活用した質の高い学習機会の確保の両立が必要です。 |
このように、学校の休校などの強い措置は講じず、大学の授業形態についても対面で行えるものは可能な限り対面での実施を検討することを要請する方針を明らかにした。
また、政府に対して緊急事態宣言の発出検討を要請した東京都も、基本的には国の方針に従う考えで、1月4日に行われた臨時会見の中で、教育現場での対応について小池百合子都知事は次のような方針を発表した。
都立学校、こちらは感染防止対策を徹底しながら、学校運営を継続してまいります。また、感染状況に応じて対面での指導と、家庭でのオンライン学習との配分を変更するなどの対応をしていきたいと思います。 |
つまり、緊急事態宣言が再発令されるにも拘わらず、ICUが冬学期の授業形態を変更しなかった背景には、国や東京都が教育機関に対して、休校や対面授業を控えるなどの強い要求を行うことに否定的であることも関係していると言える。それにより、4月の緊急事態宣言のときとは異なり、オンライン授業とオンラインと対面のいずれかを選択できるハイブリッド型の授業を組み合わせる現在の授業形態を、宣言が発出された場合にも継続することが可能となったのだ。
実際にWeekly GIANTS Co.が行ったパブリックリレーションズ・オフィスへのメール取材でも、以下のような回答を得た。
今回、行動指針のレベル2の内容を変更し、レベル2に移行しましたが、授業につきましては、レベル2はレベル1と同じ内容です。授業形態を変更しなかった理由は、今回の緊急事態宣言において大学への自粛要請がなかったことが大きな理由です。現在、全てを対面で行っている授業は実技や実験のごく一部であり、対面で実施しても問題ないと判断しました。 |
大学当局からの公示にも記載されていた通り、冬学期に開講されている授業のうち、対面授業の割合は僅か8%であり、その他は全てオンライン式(68%)かハイブリッド式(24%)となっている。このようなことから大学当局は、教育機関に対する自粛要請がない限り、現時点で授業形態を全てオンライン式に切り替える必要はないと判断したのだ。
行動指針はどう変わる?
では、行動指針はどのように変化したのか。まずは改正前の内容から見ていきたい。
▲ 国際基督教大学(10月15日更新)
「新型コロナウイルス感染拡大防止のための行動指針(BCP)」より抜粋 ※改定前
上記から読み取れるように、改正前においてステージ2は政府からの緊急事態宣言は発令されていないが、東京や近隣の県で感染爆発が懸念されるような状況を想定していた。
大学当局が冬学期の授業形態について学生に通知した1月5日の時点では、新型コロナウイルス感染拡大の第三波が猛威を振るい始め、1都3県に対する緊急事態宣言の再発令が検討されるなど、既に深刻な感染拡大状況であると認識されていた。そのため、上記の行動指針を参照した場合、当時はステージ2に相当する状況であったと考えられる。
仮に行動制限ステージが1から2に引き上げられた場合、一部を除いたほぼ全ての授業がオンライン式の形態に変更され、寮生に対しては学外への退去要請なども行われることになっていた。
しかし、大学当局は緊急事態宣言が再発令される場合について、教育機関も対象とした大規模な自粛要請が出されることを想定していた。そのため、今回のような極めて限定的な宣言の発出というのは、いわば「想定外」の出来事であった。結局、今回の宣言では教育機関に対する自粛要請が行われないことから、大学当局は授業形態の変更を見送り、従来のステージ1の体制を継続することに決めた。このことにより、実際の措置と指針の内容との間に食い違いが生じてしまい、行動指針を改正する必要性が出てきたのだ。
大学当局は宣言が施行された1月8日に危機管理委員会を開催し、今後の対応の検討を行った。パブリックリレーションズ・オフィスへの取材によると、その中でも行動指針の改正に関する協議は週末まで及んだという。結果として、週明けの1月12日に『新型コロナウイルス感染拡大防止のための行動指針(BCP)』の改正と、行動指針レベルの引き上げについての情報が公示されることとなった。
以下は、改正後の行動指針の内容である。
今回は主にステージ2の内容が改定され、行動制限レベルも従来のステージ1から新しいステージ2の内容へと引き上げられることとなった。まず、判断基準と授業形態について見ていくと、本来ステージ2は「政府による緊急事態宣言が発令されていない状態」と想定されていた。しかし今回の改正により、緊急事態宣言時で且つ教育機関に対する自粛要請が行われていない場合に、ステージ2への引き上げを行うことが記された。また授業形態についても、「オンライン式のみ」とされていたが、ステージ1と同じくオンライン式とハイブリット式の授業を中心に開講し、対面の授業についても一部制限の下で行うことが可能となった。
次に学内寮、学生の課外活動、キャンパスへの入構について見ていきたい。
▲ 国際基督教大学(1月12日更新)
「新型コロナウイルス感染拡大防止のための行動指針(BCP)」より抜粋 ※改定後
学内寮については、改定前は寮生への退去要請が行われることになっていたが、ステージ2の場合でも一定の条件の下で在寮が認められるほか、キャンパスの入構も大学関係者であれば可能であると記された。このように、授業や寮などについてはほとんどステージ1と同等の措置が取られることが記された一方で、一定の制限が設けられたものもある。例えば、対面による学生の課外活動については、ステージ2の場合でも原則全面禁止となった他、大学内の施設の利用についても、授業で使用する場合を除いて、全面的に禁止されることとなった。
見えてきた課題
新型コロナウイルスの感染状況は、刻一刻と変化している。そのような状況下において、今回のように事前の想定とは異なる事態が今後起こる可能性は容易に想像できる。そのような場合の対処について、行動指針には以下のような内容も記されている。
行動制限レベルの判断については、本指針を参考として、大学において決定する。これに伴う具体的な措置・対応並びに表中に記載のない項目に関する対応については、内容に応じて、関係機関において審議・決定する。なお、行動制限レベルの設定及びこれに対応する措置については、あくまでも指針として示すものであり、状況を総合的に検討したうえで、上記にない措置を判断することがある。 |
この記載から分かるように、状況に応じて行動指針に記されている内容とは異なる例外的な対応を行う可能性も示唆されている。また、パブリックリレーションズ・オフィスも我々の取材に対して次のように答えた。
今後も、政府からの緊急事態宣言の内容がこれまでと異なるもので、方針の変更が必要であると判断した場合は、行動指針を改定いたします。 |
このような緊急事態において、常に求められるのは臨機応変な対応である。そのような観点から言えば、状況に応じて行動指針を変化させていくことは必要な措置なのかもしれない。一方で、何か想定とは異なる事態が生じる度に、指針を改定する必要があるならば、その行動指針の内容はかなり不十分なものであると言える。それゆえ、行動方針についてもう一度検討し、大学の基本方針としての役割を十分に果たすことのできる万全な指針作りを行っていく必要もあるのではないだろうか。
また、今回の緊急事態宣言は1月7日に発令が決定されたが、ICU当局が改正後の行動指針の内容を公示したのはそれから5日経った12日のことであった。さらに言えば、緊急事態宣言の再発令が本格的に取りざたされるようになったのは、1都3県の知事が政府に対して宣言の再発令を共同で要請した1月2日あたりからである。同月4日には萩生田文科大臣が会見の中で、教育機関に対する休校要請は行わない方針を示していた。それらを踏まえると、宣言が発令されてから行動指針の改正を決定するという大学当局の判断は、果たして適切であったと言えるだろうか。今回の行動方針の改正に至るまでの過程は、緊急時において迅速な対応を行うための大学当局の体制構築の必要性という課題も浮き彫りにした。
迫る対面授業の再開
昨年、ICU当局は2021年春学期の授業形態について以下のような公示を出した。
2021年度春学期、全授業のおおよそ半分は対面、残る半分をオンラインで開講する可能性を軸に検討を進めています。一部科目においては、オンラインで参加する日と対面で参加する日を混ぜる「ブレンド型」の導入も検討しています。 一方、現在行われているハイブリッド型授業(対面だがオンラインでも受講できる)は開講しません。もちろん、健康上の理由から対面授業に出席できない学生への配慮は継続して行います。 |
しかし、現状の行動指針では対面授業の方針についてはほとんど記されていない。つまり、もう一度行動指針を改定し、感染状況が悪化した際に対面授業をどのように扱うかを指針に盛り込む必要性が出てくる。今回のように教育機関に対する自粛要請が伴わない緊急事態宣言が再び発令された場合、多くの授業が対面式であっても授業形態を継続させるという措置を講じてしまえば、基礎疾患を持つ学生や感染リスクの高い人物と同居する学生などを、感染の危険性に晒してしまう恐れがある。それゆえ、今回改正した内容とはまた異なる行動指針を策定する必要があり、それらは学生の生活や、研究、生命にも重大な影響を及ぼすものとなるだろう。
今回の指針改正までの過程で分かった課題や検討すべき論点を日ごろからもう一度整理し、目に見えない未知のウイルスに対して大学当局が迅速に対応する体制を構築していくことを期待したい。
▼「新型コロナウイルス感染拡大防止のための行動指針(BCP)」
https://www.icu.ac.jp/news/docs/BCP_20210111.pdf
番外編:「授業の質」というもう一つの背景
今回、ICUは行動指針の改定に踏み切ってまで、現在の授業形態を継続するという対応をとった。しかし、今回発令された緊急事態宣言に対する各大学の対応は、一律で自粛要請が行われた前回と違い、大学によって大きく分かれることとなった。例えば、明治大学や立教大学などは緊急事態宣言が発令された場合、授業を全てオンラインの形態に移行することを決定した。一方で、早稲田大学や青山学院大学などはICUと同じく、引き続き対面授業も実施していく方針を固めた。今回、ICUが行動指針を改正した背景は何だったのか。学生からの意見を取り上げながら考えていきたい。
<オンライン授業に完全移行>
▼明治大学『1月8日からの授業体制及び諸活動の運営体制について』
https://www.meiji.ac.jp/koho/natural-disaster/6t5h7p00003a8z6w.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter
▼立教大学『緊急事態宣言に際して』
https://spirit.rikkyo.ac.jp/newslist/_layouts/15/Vc5.Spirit.PortalV2/Post.aspx?ID=00034373
<対面授業も継続>
▼早稲田大学『緊急事態宣言の発出に際して』
▼青山学院大学『緊急事態宣言発出を前に』
https://www.aoyama.ac.jp/post05/2020/news_20210106_09
なぜICUは明治大や立教大のように、オンライン授業への全面転換という対応を取らなかったのだろうか。
その理由の一つとして、対面授業によって「授業の質」を担保したいという大学側の考えが挙げられるのではないだろうか。実際にICUが行った2020年度春学期の授業に関するアンケ―トでも、対面授業と比較したときオンライン授業は「モチベーションの維持が難しい(715人)」「ディスカッションがやりにくい(658人)」「ネットワーク環境や機器トラブルに学修の質が左右される(573人)」という意見が多く、授業の質について改善を望む声があった。また、4月に学生の間でICU当局に対して学費返還を要求する署名運動が巻き起こったが、その活動を主催していたグループも、大学が学費を返還すべきだとする理由の一つとして、オンライン授業による授業の質の低下を挙げていた。
▼(国際基督教大学)オンライン授業に関するアンケートまとめ
https://drive.google.com/file/d/16VMR2bhgq5gHkmjwyVTW53Bq8d8OO1Ly/view
▼学費返還を要求する署名運動の活動グループが作成した請願書の概要(一部を抜粋)
このような傾向は、ICUに限った話ではない。東洋大学現代社会総合研究所が行った全国の大学生に対する意識調査では、オンライン授業について「授業に集中できない(43%)」、「対面授業に比べて単調に感じる(35%)」、「ディスカッションや他の受講生との交流が少ない(34%)」といった意見が多く、やはり対面授業と比較した際の授業の質の低下が指摘されていた。
▼東洋大学現代社会総合研究所 ICT教育研究プロジェクト
『コロナ禍対応のオンライン講義に関する学生意識調査』
https://www.toyo.ac.jp/-/media/Images/Toyo/research/labo-center/gensha/research/52395/1questionnaire.ashx?la=ja-JP&hash=C36CFE9B7AD656C60987AAB3BE92B314052C9E19
こうした授業の質の低下により、休学や退学を考える学生も増えており、多くの大学が頭を抱えている。立命館大学新聞社が行った調査では、昨年8月の時点で立命館大学の学生の約25%が休学を、約10%が退学を視野に入れていることが明らかになったほか、休学や退学を視野に入れる学生たちは、そのような選択肢を考えていない他の学生たちに比べて対面授業の再開を望む傾向が強いことも分かった。そして、休学や退学を考えている理由については、学費などへの不満といった理由を抑えて、授業形態やその質に対する不安や疑問の声が最も多く寄せられたという。
▼立命館大学新聞社
『【学生の意見割れる】Web・併用・対面、それぞれに拒否感《本紙調査》』
これは立命館大学における話だが、ICU生にとっても無関係な話ではない。ICUに在籍するID22のTさんも昨年、秋学期からの休学を決めた。そこには、自分の興味や関心のあることに集中したいという思いの他に、コロナ禍のオンライン授業の質に対する不満があったという。
オンライン授業への抵抗感はありました。まだ私は授業の引きが良くて、他の人と比べれると快適だったのかもしれませんが、「このまま卒業するのか」とか、「これで卒論書くのか」とか思ってしまって。その結果、休学を視野に入れました。 |
Tさんは現在、自分のかねてからやりたいことであった演劇の活動に力を入れており、同年代の俳優やスタッフと完成させる公演を企画するなど、休学期間を有意義に過ごしている。休学という制度自体は、一度大学の学問から離れることで、自分自身を見つめ直し、より幅広い視野を獲得できるという意味でとても良い選択肢である。実際にTさんのように、自分にとって関心のある活動を積極的に行い、休学を利用して自分の視座を順調に広げている人もいることだろう。
一方で大学側は、授業の質が低下していくに伴い、学生が流出していくような事態は何としてでも避けたいと考えているはずだ。そのため、緊急事態宣言下においても、当局が「授業形態を全てオンライン式に切り替え、対面授業を禁止する」という措置を簡単に講ずることは難しいだろう。
このような事情も一因となり、オンライン式授業への全面転換を断念したと考えられる。
学生の安全と授業の質をいかに両立させていくか。大学当局の模索は続いていく。
【うじ】