人生に寄り添える作品を
― 森野狐さんインタビュー ―

 ICUの卒業生で、現在フリーランスの絵本作家として活動している森野狐さん。彼女の作品は見る者の心に温かく寄り添い、希望と安らぎを与えてくれる。彼女の表現活動の原動力となっているものとは一体何か。インタビューを通じて、彼女の作品制作における動機や今後の展望に迫った。

 

 2020年春、新型コロナウイルスが私たち大学生の日常を次々と奪った。特にその年に入学したID24の学生たちにとって、それは致命的な出来事だった。思い描いていた大学生活が、瞬く間に消え去っていく。そんな深い絶望に肩を落とす新入生たちの声が、狐さんを新たな作品作りへと駆り立てた。

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 去年の春にtwitterを見ていたとき、入学したばかりのID24の学生たちが「大学にいる意味がない」と呟いているのを見て、これは誰かが何かをしないとダメだろうと感じたんです。先輩として、大学に入学した意味を考え続けている後輩たちに対して何ができるかを考え、新入生向けのパンフレットを作ることにしました。

 

▲24パンフレット 表紙

 

 やっぱり、せっかく入った大学を辞めてしまうのは良くないと思うし、優しい先輩がいるとか、会いたい友だちがいるとか、そういう大学への些細なワクワクを取り戻してほしいという思いを込めました。

 あと、せっかくパンフレットを作るのであれば、先輩にしか分からないような細かい情報を教えてあげたいと思い、ICU内の施設や、大学周辺の情報、さらにはICU用語や、大学の豆知識、メジャー診断など、様々な情報を載せました

 

▲ICUで生活する上で欠かせない用語や、各メジャーの特徴などを分かりやすくまとめた

 

 私はクリスチャンなんですが、このパンフレットを通して「僕らは、何をしても、何をしなくても、素敵ないきものだ」というメッセージを伝えられればと思っていました。あと、ICUはよく森に例えられますよね。だから最後のページに「森は迷子になる場所だと昔から言われています……ここは迷子になっていい森です」と記しました。大学に行けなくなり、自分の居場所がどこにあるのだろうと感じている人に、迷子になっても良いんだよという言葉を届けたかったんです。

 

24パンフレットに記された狐さんからのメッセージ

 

 狐さんが描いた愛らしいイラストと、心のこもったメッセージが随所に散りばめられたこの24パンフレットは、多くの新入生の心を掴み、たくさんの反響があったという。また、それがきっかけとなり、大学で行われる様々なイベントにおいて、イラストやデザインを担当するようになった。その活動が彼女に新たなアイデアをもたらす。それが、ICU生向けのオンラインゲーム制作の構想だった。

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 今年、CTL(学修・教育センター)が主催した「バーチャル花見」という新歓向けイベントで、オンライン上の花見スペースの背景やレイアウトのデザインを担当したとき、「こういう交流の場が他にもあれば良いのにな」と思いました。

ICU生向けゲームのコンセプト

 

 コロナ禍で、多くの大学生が普段通りの大学生活を送ることができない状況になってしまいました。その一方で、世の大人たちからは「コロナ禍でもオンライン学習を続けられているのだから、大学生としての本分は全うできている。それだけで充分だろう。」というようなニュアンスの主張を耳にすることが多く、当時まだ大学生だった私はそのような大人側の意見に対して疑問を感じることがありました。

 周りの大人たちと話したときによく話題に出てくるのって、大学時代に経験したとてつもなくどうでも良いエピソードだったりするじゃないですか。大人たちだって、そういう日常の些細な思い出を心の拠り所にしているはずなんですよ。でも、今の大学生がそういうことを経験できていない現状について、大人たちが「別に良いよね」と切り捨ててしまっていることはやっぱりおかしいと感じます。

 ICUのキャンパスライフという言葉を聞いたときに、多くの人が真っ先に思い出すのは勉強や授業のことではなく、授業が終わった後に教室でくつろいでいたことや、ばか山で将来について友だちと語りあったことなど、本当に些細なエピソードばかりです。そういう思い出作りを大学生が諦めざるを得ない現状に対して、当事者である大学生たちはもちろん、大人側もしっかりと声を上げて、行動を起こすべきなのではないかと思いました。

 そこで私は、「大学生らしい」思い出を作る機会を、コロナ禍で新しくICUに入学した学生たち(主に1・2年生)に与えてあげたいと思ったんです。それを実現するためのアイデアとして、アバターゲームの作成を考えました。

 

――以前に同じようなゲームを作成した経験はありますか。

 全くの未経験です。なので、Unityというゲーム開発エンジンをダウンロードするところから始めました。今は独学で、少しずつではありますが、必要なアセットを作ったりしています。

 例えば、こういう風に本館を作ってみたり……。あとは、着せ替えができるようにアバターや衣装もデザインしています。イメージは「アメーバピグ」のような感じです。

▲狐さんが自らデザイン・作成した本館やキャラクター

 

――とても本格的ですね! ゲーム全体では、今のところどれくらいの完成度なんですか。

 0から100で表すと、完成度は1ぐらいですかね。私はフリーランスで働いているのですが、やはり働きながらこういうゲームも作成するっていうのはすごく難しいです。なので今は、絵を書きつつ、ゲームを作りつつ、働きつつ……といった状態になっています(笑)。

 以前、ICUの太田教授(情報科学)にこのことを相談したら、ゲーム制作のために2Tくらいの容量がある大容量パソコンをくれました。それでようやく環境が整ったかなと思っていたら、今度は元々使っていたパソコンからのデータ移行が難しいことが判明しまして……。

 

――作成する上での障壁もたくさんありそうですね。

 そうですね。特にプログラミングが本当に大変です。C#コードがとんでもなく難しいです。

これ(下記リンク参照)とかも、本当はクリックしたところにキャラクターが動くはずなんですけど、コーディングに失敗しているのか、中々上手く動きません……。 でも他人にできて自分にできないものはないです。

 

――ゲームに参加できるのは、ICUの在校生のみの予定ですか。

 やはり、ICUの大学側と連携することを考えると、基本的にはICUのGoogleアカウントを持っている学生だけが参加できる仕組みにしたいと思っています。一方で個人的には、ICU生が参加するインカレのサークルとも交流できるようにしたいですし、卒業生と在学生が関わる場所としても機能してほしいという想いもあります。ですから、また別のサーバーを設けることで、最終的には在校生だけが交流する場と、在校生以外の大学関係者も参加できる場の両方を作りたいと思っています。

 

――参加費のようなものはかかるのでしょうか。

 今のところ、在校生は無料にしようと考えています。ただ、運営にもお金が必要なため、クラウドファンディングを通じて卒業生などから資金を集めることを考えています。やっぱりお金も稼がなきゃいけないので(笑)。もしやるのであれば、例えば個人のアバターをデザインする代わりに、一定の金額を寄付をしてもらうみたいなことができたら良いなと思います。それに、長期でやるとしたら、サーバーの管理も必要になって、人件費も発生してくると思いますし、本当に会社みたいな形で運営していくことも想定しています。もちろんそういう形で長期的にゲームを運営できるのが一番良いですが、もしそうでなくても、せめてコロナ禍が終わるまでは稼働させたいと思っています。

 

――ゲームの完成はいつ頃を見込んでいますか。

 できれば、秋学期中に完成させたいです。あと、このゲームは本当に需要のあるものだと思うので、ちゃんと仕上がるまでは「gather town」という既存のサービスを使って、学生間の簡易的な交流スペースを作ることも考え中です。もちろん、自分の世界観でゲームを一から作りたいという想いもありますが、それ以前にこのゲームによって、今満たされていない人が満たされる可能性があることを考えると、一度そのようなプライドを捨てて、既にあるエンジンを使ってサービスを提供するのも悪くはないのではないかとも思っています。

 本当は、ICU祭を始めとした学内の行事を、バーチャル空間でもできるようにしてあげたかったですけど、一人だと中々難しいですね……。

 

――ICUの在校生や卒業生の中で、こういう企画に協力してくれる人はいないんですかね。

 いないですね。皆卒業すると自分の生活で一杯いっぱいになるんですよ。卒業する前は一緒にやりたいって言ってくれていたとしても、いざ卒業したら時間が無くなっちゃうみたいで。在校生でも、ゲームやプログラミングに興味がある人はいくらでもいそうなのに、全然めぐり会えません(笑)。だから今、C#コードを使える人やUnityでゲームを作った経験がある人を絶賛募集中です! 本当に仲間がほしい……。あるいは、プログラミングができなくても、今後ちゃんと勉強する気がある人であれば、未経験でも大歓迎です。

 

――ゲーム内に取り入れたい機能やイベントはありますか。

 やりたいことはたくさんあります。例えば、図書館に入るとうぃーじゃんの過去号が閲覧できるとか……。

 

――是非よろしくお願いします!

 あっ、はい(笑)。あと、ICU生が書いた小説をフリーで掲載することや、学内の森や植物、動物たちに興味を持ってほしいという個人的な想いもあるので、ゲーム上でそれらの絵を配置して、クリックしたら詳しい情報を見られるようにすることなども考えています。加えて、目が不自由な学生でもゲームを楽しめるような工夫をしたいです。

 以前、目が見えない知り合いにどうサポートしたら良いかを尋ねたら、「私はそこに桜の木があっても見ることができません。だから、誰かがそこに桜の木があるよって言ってくれないと、私の風景の中に桜は存在しないままなんです」と言われ、ハッとしたことがありました。

 そういうサポートって、人々のQOLを上げる意味で本当に重要だと感じます。例えば目が不自由な学生はガッキがガラス張りなことも、誰かに言われない限り気づくのが難しいと思うんです。だから誰かの声で、「ここには桜の木があって……」とか、「晴れた日はガッキの前のベンチで、ご飯を食べている人がたくさんいるよ」とか、そういう音声案内をしてくれる地図機能みたいなものがあれば、より多くの学生が快適に楽しめるゲームになるのではないかと考えています。

 

▲ICUの自然もゲームの中に登場する予定

 

――すごく夢がある企画ですよね。構想を聞いているだけでも楽しいです。

 ね、楽しいよね。本当に早く作りたい! でも、そのためには人手が必要なので、誰かご協力お願いします。

 

――大学やサークルなどとの連携は、他にも考えていますか。

 基本的にICU内であれば、どの団体とも連携してみたいです。

 ちなみにサークルについては、春にバーチャル花見をお手伝いしたときに、サークルの情報が散乱していてとても分かりづらいと感じました。あと、新しく入学したID25の学生に向けて、個人的にSNSで情報提供を行っていたのですが、「履修ってどうやるの」とか「ELAの勉強法が分からない」など、多くの人が大学生活に関する様々な不安や疑問を嘆いていたのが印象的でした。ですから、例えば、授業やサークルに関する疑問を解決するような情報を一括して分かりやすくまとめた掲示板をゲーム内に設置したいです。

 あと、教授専用のアバターをデザインして、バーチャル上で教授とお話しする企画を開けたら面白いかなと思っています。このゲームが、そういうイベントを介在する場所としても機能してくれたら嬉しいですね。

 

――最初、このゲームのお話を聞いたときはコロナ禍でのコミュニティ作りに特化した企画という印象が大きかったのですが、お話を聞くとコロナ禍に限らず、多くの学生の交流の場として長い間機能していくのではないかという希望を感じました。

 もちろん、対面でできるのであれば、対面に越したことはないですけどね。ただ、ネット上でのコミュニケーションの方が円滑な人もいると思いますし、そういう人たちにとっては、非常に有益なツールになると思います。まずはここからスタートしてこのゲームで得た技術を、例えば不登校のための学校づくりといった他の分野に活かすことはできないかを考えていたりします。でも一番の目的は、コロナ禍で他者と深い交流ができないICUの1・2年生に学生生活を楽しむ機会をあげることです。

 

――やはり24や25の学生と話をすると、感染拡大によって中々人と交流する機会を持てずに困っているということをよく聞きますよね。

 でも私は正直、交流がなくなったと嘆くだけで実際に何も行動に起こさないのは、「ずるいじゃん」と思ってしまいます。例えばそこで、ID24・25の学生の中で「ゲームを作ろうぜ」って呼びかける人がでてきたらすごくかっこいいけど、はっきり言ってそんな人は中々いないですよね。あくまで個人的にですが、ICUの人たちは愚痴を言うだけ言って、でも結局は何もしないっていう学生が多いような気がするんです。もちろん愚痴は言うことは自由ですが、だからと言って改善を求めるだけで何も行動しないのはかっこ悪いと思うし、私はそんな大人になりたくないと思ってしまいます。そういう想いもこのゲーム制作の試みにつながりました。

 

 他者のため、世の中の絶望を希望に変えるため、彼女は動く。それゆえ、パンフレットやWebページのデザイン、ゲーム制作と、様々な作品を手がけ続けることができるのだろう。 そんな彼女が今、ライフワークとしているものがある。オーダーメイドの絵本の制作だ。その制作を始めたきっかけは、自身の忘れられない経験だという。

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 オーダーメイドの絵本を作り始めたきっかけは、うつ病を患っていた友だちが自殺未遂をしたことでした。そのときに、私はその子のそばにいられなかったんです。こういう風に、大切な人が独りぼっちの夜に、寄り添うことができない経験をした人は少なくないと思います。だから、誰かにとって本当に大切なその人に、ちゃんと寄り添うことができるものを作りたいと思ったんです。もちろん絵本をあげるだけでは、実際にその人のそばに居続けられるわけではないですが、その絵本に込めた想いは、その人の心に常に寄り添い続けることができると思うんです。

 

▲狐さんが描いた作品 『覚えておくね』

 

 この絵本は、バレンタイン用のプレゼントのような一時的なものではなく、生まれてきた子どもが成長する過程の中で何度もその作品に励まされ、そして大人になっても心の拠り所として読み続けられるような作品となることを目指しています。その人が生きていく上で確信になる、そんなものが作りたいんです。

 

 その人の人生に寄り添う作品を作り続けている狐さん。最後に彼女はICU生に向け、次のように語った。

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 ICUの子って、「他の人に混ざって生きたくない」とか、「社会に出て生きづらくなるのは嫌だ」とかいう風に感じている人が多い気がします。でも、やっぱり普通の就職をするし、特殊な道に進む人はとても少ないです。もちろんそれは全く悪いことではないんだけど、もし別の夢を無理やり諦めた上で、いわゆる一般的と言われる道に進んでいるのであれば、本当にもったいないことだと思います。私は大学の卒業式に、自分で作った白いガウンを着て参加しました。そして今も、フリーランスでオーダーメイドの絵本を作って生計を立てています。絵を書くことを人助けと言って良いのかは分からないけど、自分なりに何ができるかを考えて、身の周りの困っている人を助けながら生活することができ、私は今幸せです。そういう生き方もあるんだよっていうことを知ってくれたらと思います。

 

 狐さんは現在、自身のtwitterアカウントなどで作品を発信している。また、オーダーメイド絵本の制作依頼も絶賛受付中だ。 また、ICU生向けのゲーム制作を手伝ってくれるメンバーも募集中だという。もし興味のある方がいれば、彼女のDMに一報を入れてみてほしい。きっと、ICUの学生間の交流を促進する一大企画に参加できる絶好のチャンスとなるに違いない。

▼森野狐 twitterアカウント(@Chiharufox)
https://twitter.com/Chiharufox

【氏原拳汰】

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