WG社員が選ぶ!「おすすめの一冊」 ―新春編―

 皆さん、明けましておめでとうございます。2023年の記念すべき一本目の記事は、前回の続編「WG社員が選ぶおすすめの一冊」です。気になった作品があれば、是非手に取ってみてください。

太宰治『桜桃(角川春樹事務所)

 ああ、忙しない。

 正月休みも束の間である。冬学期が再開して、やれ課題だのやれバイトだの、忙しなく時間が過ぎてゆく。忙しなく過ごすと、思考や言葉が頭を駆け巡り、自分の中の静寂が姿を消す。

 そんな時、私は短編小説を読む。

 太宰の言葉を借りれば、『桜桃』は夫婦喧嘩の小説だ。内容は決して明るいものではない。しかし読み終わった後には、しんとした静寂が自分の中に戻る。『桜桃』の何がそうさせるのだろうか。恐らく、それは「気まずさ」だ。『桜桃』は生活の端々に姿をちらつかせ、しかしその全貌を明らかにすることはない「気まずさ」を鋭く描く。「気まずさ」は私が思うに、一人の人間が持つ様々な社会的役割が文脈と逸れて入れ替わることで生じる。例えば、「塾講師」として賢しらにものを教えながらも、ひょんなことで「大学生」という、ものを学ぶ学生像をちらと生徒に見せてしまう、そんな役割を掛け違えた時の気まずさだ。気まずい状況は、言及されることなく生活の中に散在する。私自身、自分が気まずいと感じた場面を大っぴらに言及することが少ないので、『桜桃』が描く気まずさを、いまいち言葉で伝えきれない。ただ、それほどにこの小説は気まずい。だから読み終わった後、自分の中にも胸焼けするような気まずさが込み上げ、それが忙しなさに浮き足立つ私を淡々とした生活へと引き戻す。また、その気まずさこそが忙しない日々の中に静寂を生むのだろう。

 『桜桃』はページ数が少ないので、その気になれば電車の中で読み切ることができてしまう。しかし、読み返せば読み返すほど何故か気まずさが募る、読者を飽きさせない小説だ。是非、読んで体感してほしい。【麒麟】

 Khaled Hosseini “A Thousand Splendid Suns” (Riverhead Books)

本書は、アフガニスタンに住む二人の主人公、LailaとMariamの生活を描いた作品である。私は女性に対する差別がこの物語の主題だと感じた。

 駐留米軍が撤退し、再びタリバン政権が復活したアフガニスタンは、一時期大きなニュースになった。だが今はウクライナでの戦争もあってか、アフガニスタンへの印象が人々の意識のなかでだんだんと薄れていっているように感じる。この小説は同国を意識し直す良いきっかけになるかもしれない。

 作中、山場だと感じられる部分が何ヵ所もある。どこが一番印象深かったか、と聞かれても答えに困るほど内容が濃いのである。私はこの本を読んでいて涙が止まらなかった。

 男女差別などの問題に関心がある人はもちろん、とにかく印象に残る小説を探している方にも強く勧めたい。本書は洋書だが、特に難しい言葉や言い回しは使われていない。英語が得意でない人でも、最後まで読める本だと思う。

 決して気楽に読める内容の小説では無いが、一生記憶に残る物語だと思う。ぜひ、読んでみてほしい。【硝子】

小川洋子『博士の愛した数式』 (新潮文庫)

「実生活の役に立たないからこそ、数学の秩序は美しいのだ」

 私はいわゆる「数学大嫌い人間」である。最初に挫折を経験したのは小学5年生の算数で、速さの計算を習った時のこと。それから「算数」が「数学」になっても、私の数学嫌いは変わらなかった。数学の教科書は開くのさえ抵抗があって、国語のそれに比べると手垢もつかないほどにきれいなままである。私は数学どころか理系科目のほとんどを避けてきた、非常に情けない人間であるとここで懺悔したい。

 タイトルに含まれる「数式」という言葉に、一度は手を止めた。しかし結局は、表紙に描かれた無垢な少年の顔に興味を惹かれ、意を決して本を手に取った。ただ、大の数学嫌いな私だから、本書を初めて借りてから実際に読み始めるまでもかなり時間がかかった。だが、私は一瞬にして本書の虜となったのである。

 家族、友達、そして数学への「愛」を書いたこの作品の主な登場人物は3人。語り手である主人公の「私(家政婦)」と彼女の息子「ルート」、そして記憶が80分しか保たない数学者の「博士」である。物語自体には特別大きな山場もなく、数学が架け橋となって絆を結んでいく彼らの日常が綴られている。単調で無機質で、それでいてどこか透き通った言葉選びから暖かさを感じられる文章だ。

 数式は頻繁に登場するが、博士の解説はわかりやすく、数学嫌いの私でも楽しんで読み進めることができた。私は問題を解こうと母や妹まで巻き込み全員で考え込んだせいで、そこから先に進めなくなったこともあるほどだ。記憶喪失という重い題材を取り扱っているにも関わらず、物語は決して重すぎることはない。「私」とルート、博士の互いを思いやる気持ちが切なくも優しく、不器用な3人の交流は読んでいて心が洗われるようである。

 もしも私のように、数学への苦手意識で本書に手を伸ばせずにいる人がいたら、ぜひ勇気を出して読んでみて欲しい。本書が発行されたのは20年も前だが、いつ読んでも色褪せることのない名作だ。この本を読了した後には、誰もが幸せな気持ちに包まれていることだろう。【縁(より)】

若松英輔『悲しみの秘義』(文藝春秋)

 「悲しみ」という言葉を聞いてどのようなものを思い浮かべるだろうか。ある人にとっての「悲しみ」とは深い喪失感のことかもしれないし、またある人にとっては静かな怒りのようなものかもしれない。他方で、何か心を打つものに触れたときの感傷のようなものだと考える人もいるかもしれない。一つの言葉では言い表せないこの「悲しみ」という感情が、私たちの人生をどのように導いてくれるのか、それを教えてくれるのがこの本だ。

 本書は26篇の短いエッセイから成っており、各エッセイごとに古今東西の名著の一節が引用されている。評論家である著者はその言葉を読み解きながら、そこに表れている先人たちの悲しみや孤独、苦悩や切望をすくい上げ、それらと向き合いながら生きることの意義を説いている。例えば、宮沢賢治の「小岩井農場」という詩についてのエッセイでは、以下の一節が引用されている。

もうけつしてさびしくはない

なんべんさびしくないと云つたとこで

またさびしくなるのはきまつてゐる

けれどもここはこれでいいのだ

すべてさびしさと悲傷とを焚いて

ひとは透明な軌道をすすむ

賢治がこの詩を書いていたとき、彼の愛する妹は病に伏しており、その半年後に亡くなってしまう。詩を書いていると病床の妹のことが頭をよぎり、それを淋しくないと強がってみたところで、また淋しさが襲ってくるのは分かっている。けれど、その淋しさを乗り越えるためといって愛する人のことを忘れる必要はない。なぜなら、その人の死を前にして初めて相手の存在を実感することができるからである。そうした悲しみを感じながら人は「透明な軌道」、つまり、目には見えないそれぞれの人生の道を進んでゆける。著者は賢治の詩をこのように読んだ。

 この本を読みはじめた時の私は日々の些細なことに追われ、人生や悲しみについて改めて考えようとする気が起こらずにいた。しかし、このエッセイ集の言葉はそんな私を立ち止まらせて自分の中にあった「悲しみ」を振り返らせることで、本当に目指していた生き方や他者との関わり方を、今の私は疎かにしていたのだと気付かせてくれた。そして、いつか耐えられないような悲しみを経験したときにも、その目標を見失わないための道を示してくれた。私のように今は悲しみや人生について考える余裕など無いという人にこそ、この本を勧めたい。この本の言葉が、忙しい日常のふとした瞬間にあなたを支えてくれるのではないかと思う。【すどう】

引用文献:『新編 宮沢賢治詩集』天沢退二郎編 新潮文庫

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