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ICU創立65周年の今、大学に警鐘を鳴らす人々の声とは

2018年6月15日、ICUが開学されてから実に65年という時が経った。これまでICUは、初代学長である湯浅八郎氏より「永遠に未完の大学」として新しい取り組みを続けてきた。それとは対照的に、ICUの現状を決して楽観視できないという会合がICUの同窓生によってたびたび開かれてきた。このような会合で話し合われるICUの問題というのは、普段の学生生活からは気づくことができない。

今回は、ICU史再考プロジェクトの発起人の一人である村田広平さんから、ICUの同窓生が母校について憂慮していることをうかがった。(インタビューは再構成済み)

 

――では、最初にICUの同窓生の会合について知ることになった経緯について教えてください。
今年の春から始まり、現在進行中であるICU史再考プロジェクトの一環で、ICUにまつわる話し合いが記録された資料を提供してもらう中で知ることになりました。一つは「同窓会ティーチイン」という1967年の会合で、もう一つは昨年結成・開催された「ICUを考える会」という会合です。長い時で隔たっている別々の会合ですが、ICUが危機に瀕しているという問題意識は同じです。それは大きく言えば、創立時の理念はどこへ行ってしまったのか、ということになるかもしれません。また、1969年の夏、1期生の丹波望氏は、郷里の秋田県で自らが塾で教えた大学生とその保護者の一部の約20人と、1週間集中して「大学問題を考える」ミーティングを開いたそうです。これは当時の大学紛争頻発の問題を話し合うものでICUの問題に限ったものではありませんでした。

 

――ICUに限定した問題を話し合った二つの会合は、なぜ開催されたのでしょうか。
同窓会ティーチインは、1967年の6月24日から25日にかけて開かれたものです。その年の1月12日付の国際基督教大学学生新聞の号外で取り上げられた「能研テスト」問題での不満がきっかけとなって、2月10日未明に「反対者同盟」の学生約60名が本館を占拠したことに端を発する一連の事態を憂慮し開催されました。4月10日、約300名の機動隊が導入され6名の学生を逮捕、以後反対派のデモが繰り返され、6月9日には、反対者同盟が学校、ガードマンを東京地裁に告訴といった事態がありました。こういったことを受けて、同窓会ティーチインは5月20日に同窓会長として就任した横堀洋一氏(1期)の呼びかけにより開かれました(以上『同窓生のICU40年』年表記載より)。一方、ICUを考える会は、2017年9月16日に、三宅一男氏をはじめとする8期の有志の方々のICU同窓会員への呼びかけで、永田町星稜会館で開催され、1期から53期(ID09)までの34名が参加した会合です。

 

――さきほどそれらの会合には共通の問題意識があると言われましたが、どのようなものなのでしょうか。
まずは大学運営のあり方に声を挙げていこうという意識が共通しています。つまり大学の管理・経営を優先することが、創立時に掲げた「基督教精神、国際平和、民主主義を強調し学園に基督教的国際共同社会を実現」するというICUの共同社会の特質を弱めているのではないかということです。「ICUを考える会」の参加者からは「キリスト教概論には専任教授不在」との指摘がありました。現在、3学期をそれぞれ2名ずつの別教員で担当し、合わせて6名の教員がいますが、彼らの内にICUの教養学部 アーツ・サイエンス学科 教員一覧の中の専任教授はいません。私自身はクリスチャンではありませんが、こうした体制は大学自体がその名も冠し、理念として掲げたキリスト教の精神を軽視しているか、あるいはICU教授に課せられるクリスチャンという条件自体が時代錯誤なのかもしれません。またICUが取っている教養学部制の中で培われるはずの、物事を根本的に考える力というのがおろそかになっているのではないか、という疑問も上がっています。これは日本の大学行政の傾向でもありますが、社会的成果がわかりやすい学問をより重視するという流れがICUのカリキュラムの変遷をみても浮かび上がってきていることから分かります。なぜこのようなことが問題なのかというと、このことは他の大学と比べた時のICUの強みといえるリベラル・アーツの力を弱めてしまうように思えるからです。リベラル・アーツの思考で、根本的なことを考えるということは、自らの在り方と社会のあり方を鋭く問うことでもあります。

 

――物事を根本的に考えるということはどういうことでしょうか?
ICUに限ったことではないですが、大学紛争のきっかけとなったのは、最初は値上げされた授業料やその教育環境に対する不満など、具体的な事例に関する意見の表明でした。学生数の多い、いわゆるマンモス大学の場合、すし詰めの大教室での授業が多く教授と学生の触れ合いがあまりありませんでした。自然と、学生からは教育の仕方が画一的、機械的だという批判が起きます。そのような批判は的を射ていることが多かったのですが、決して現状から飛躍し暴力的な抗議活動にならないように、学生側と大学側の双方が厳しく自らの立ち位置を考えていく必要があります。例えば、大学というのは、研究の場であり、その中にいれば自然と教育ができるものなのかということを、教員一人一人も、学ぶ側の学生もよく考えていなければならないということです。ICUが強調するリベラル・アーツ教育は、単に物事の表層の現象を見るのではなく、その根本から捉えていくものです。その姿勢は全共闘運動の中でも一部主張されましたが、学生側に見通しがなく、また大学側も大学紛争で一部学生を除籍するなどの非教育的処置をしたままです。現在は学則に除籍の規定はなくなっています。

 

――ICUでも1967年に能研テストの導入がささやかれたとき、学生からの批判が大きかったと聞きます。それはどのようなものだったのでしょうか。
まず、能研テストが導入されることになったのは、それ以前に行われていた入試や内申書による判定が問題を内包していたからです。面談や、高校から大学に送られてくる内申書を通した人物考査がICUでは重視されていましたが、内申書にしても高校ごとに基準がばらばらでした。そのような問題を解決するために、より客観的なテストを導入しなければならないということで、能力開発研究所による知的能力の測定テストを取り入れることが決まりました。その決定に対して当時の学生からは強い反発があり、反対者同盟も組織されました。能研テストの採用を不安視する学生達の問題意識には、当時大学が効率よく企業の要請に応える卒業生を生み出すことに加担しているのではないかという思いがあったと思います。ただし、本来、その点を追及していけば、大学入学試験を能率的なものにすること自体を問題視し、共通一次試験、センター入試などへの動き自体にも反対していくことにならざるを得ないでしょう。しかし、入試の効率化、グローバル化をめざす方向性は、変更しにくい社会的な潮流に沿ったものだったと思います。「人間をきちんと評価する」ということは、本来もっと総合的に行われるべきですが、入試はそのために多様化するのが理想的な姿ではないでしょうか。

 

――過去の会合での話し合いを踏まえて、現在の学生が考えることのできるICUの問題とはなんでしょうか。
開学当初のICUの理念が揺らいでいるのはないか、ということを考えることができると思います。創立当初の大学側と学生側が共同体を形成していたような時期に、創立時の理念の実現について厳しく具体的に共に考えていくということができなかったようです。当時は社会的にも時代的にも、そのような余裕はなかったですし、ICUがその後大きな問題を考える時に、大学側、学生側も対症療法のような対策しかとれなかったようです。これはICUに限ったことではなく、学園紛争が提起した問題に対し、大学側、学生側の双方とも、ほとんど適切な対応、そしてその後の検証や、紛争の結果を学生のために活かすということができず、主として大学側の管理体制の強化につながってしまったように思われます。

 

――大学運営に関する問題が生じたときに、関係者間で熟した議論がなされなかったということですね。
「ICUを考える会」でなされた発言はそれらに加えて、ICUの教授会が理事会にひきずられるように、経営優先の方針に従わざるを得ないという状況を憂いています。1996年から2004年までICUの学長を務めた絹川政吉氏は、1993年にご自身による提言として教授会機能と理事会機能の分離を唱えていました。2002年に同氏によって書かれた「大学組織の再構築-ICUの挑戦―」という論文によると、それまで教授会において、物事を決める際の投票結果を学長選定で理事会が追認していました。しかし次期学長を絹川氏とその対立候補から選定する際、教授会での投票では絹川氏は対立候補に敗れましたが、その後の理事会の決定によって絹川氏が学長になるという結果を招きました。これは教授会機能と理事会機能を分離したことによって引き起こされたことです。詳しくはまた、「ICU史再考プロジェクト」のサイトに掲載しますが、ここ10年ほどの日本の大学の経営強化、教授会の形骸化、人件費の抑制も、ICUがその流れを先取りしていたとの捉え方もできます。その論文の最後で、絹川氏は「学長選任手続きの構造によって,理事会機能と教授会機能が適切に分化し,大学としての本来の機能を十全に発揮できるようにしなければ,私立大学の前途は危うい。」と自らの立場で感じた苦渋を感じさせるような記述をしています。

 

――最後に、学生に向けてコメントをお願いします。
私はICU創立65周年という一区切りで、大学紛争についての一連の議論の中から、学生側と大学側双方の過ちと、評価すべき点の両方を秤にかけていくべきだと考えます。ICUの創立から65年という歴史の中で、大学紛争は非常に大きな問題です。そのことの見直しが今までなされないまま、大学運営で責任ある立場の人々がそのことについて言及をしない、あるいは紛争の渦中で学生運動を主導した人々が、きちんとした発言をしていないと、私は思います。また、ICU、あるいはICU卒業生に関する様々な問題が現在噴出しているのを見ると、ICUの学生、ICU出身者、ICU関係者が、外部からのショッキングな報道でもない限り、今までもそうであったように、この問題に関して堅い沈黙を破るという契機は、今後も訪れることはないのではないかという思いも抱くことがあります。さらに、ICUに関係する者がこの問題を突き詰めて解明していこうと本気で思ったら、それは現在の日本社会の、不誠実な様々な事態を改善していく動きにも広がっていくほどの根本的で大きな力が、特に大学紛争を巡るICU史の見直しから生まれるのではないかと私は思っています。

 

――ありがとうございました。