WG社員が選ぶ!2022年「今年の一冊」 ー年末編ー

2022年も残り僅か。今年も様々な出来事がありましたが、読者の皆さんにとって2022年はどのような年でしたか? 2020年以来2回目となる「今年の一冊」-年末編ー 企画では、Weekly GIANTS Co. (以下WG)社員が「今年の一冊」を紹介するとともに2022年を振り返ります。

柄谷行人『力と交換様式』(岩波書店)

 「今年の一冊」として、今年出版されたばかりの彼の新著『力と交換様式』を取り上げたい。ちょうど今月、本著の著者である柄谷行人がバーグルエン賞を受賞した。過去には、チャールズ・テイラーやマーサ・ヌスバウム、ピーター・シンガーなども受賞している。自分の好きな思想家が「哲学のノーベル賞」を取ったことは素直に嬉しい。

 希望がない、しかし、希望がある。『力と交換様式』は「希望がないと思われる状況においても、希望は見出される」というメッセージを我々に伝える。戦禍にあっても、感染症が蔓延しても、核兵器が地上に存在していても、クリスマスが孤独のうちに過ごされても、環境が損なわれ続けても、それでも希望はもたらされる。本著における希望とは、外部からの力、言うなれば神の「力」である。

 柄谷は、マルクス主義(史的唯物論)に対して批判を加えることを目的として、「交換様式」という概念を提示する。交換様式には、互酬(交換様式A)、略奪と再分配(交換様式B)、商品交換(交換様式C)、そしてX(交換様式D)という4つがある。柄谷の前著『世界史の構造』(岩波書店、2010年)においては、前3者に焦点が当てられ、今作では主に交換様式Dが探究される。交換様式Dは人間の努力によって勝ち取られるものではない。むしろ、人間の権能から遥かに離れた彼方から、畏怖する人々へと到来するものだ。

 交換様式Dは、必ずしも人間の能力や自由意志を否定しているのではない。環境問題をはじめ、今日における様々な問題を少しでも改善しようと働く人々の努力や思いを無に帰すものでも全くない。それどころか、本当に交換様式Dを待つならば、その到来を待ち望む懸命な祈りのうちに、人間は必死に働かなくてはならないのだ。交換様式Dの探究のなかで、柄谷は、ブッダを、ソクラテスを、イエスを参照する。傍からみれば間抜けとも思える行動を取る者のなかに、霊的な蠢きを見る。交換様式Dは、暗さと快活さの、人間と神の、過去と未来の、不信と信頼の、諦めと不屈の、不和と和解の、嘆きと祈りの緊張の間に、その裂け目にこそ、もたらされるのである。

 色々なことがうまくいかず打ちひしがれているあなたに、もうどんな希望もないと思って自暴自棄になっているあなたに、襲いかかる孤独に喘いでいるあなたに、「希望は訪れる」と言いたい。【ラシャンテ】

Franz Kafka “The Metamorphosis” (Penguin Classics

Is there a fate worse than death? Perhaps it could be being stuck with the people that bring out the worst in you for all eternity. Perhaps it could be rolling a stone up a hill only for it to fall.  Regardless, the topic of “fates worse than death” involves a sense of eternity. Jean-Paul Sartre’s No Exit or Freidrich Nietzsche’s concept of the Super Man come to mind. Though both encapsulate the concept of eternity in their unique ways, there is one work that touches on the idea of eternity in the most absurd way possible that I chose to be my book of the year.

Gregor Samsa is a salesman who wakes up one morning as a large insect. Though this should be an urgent matter for Gregor yet despite waking up as a disgusting insect, he is only concerned about not making it to work. The family who then discovers Gregor in his new form struggles with how they will survive since they rely on Gregor for their expenses. These uncertainties drive the family insane and they antagonize each other but they ultimately come to the conclusion that Gregor is to blame. 

Metamorphosis by Franz Kafka, deals with alienation. Gregor is isolated from his family who shows sympathy at the beginning but later want to get rid of Gregor as they see him as a nuisance rather than a family member. However, he is also isolated from himself. Gregor loses his sense of identity and place in the world because of his lack of form as a human. He slowly embraces his newfound body, not because he is contemptuous but rather because there is no one to reassure Gregor that everything is going to be okay. He fully accepts that he is alone and hopeless.

This story filled me with a sense of existential dread. The absurdity of the plot point, which is the main character waking up as an insect, has turned into a kind of horror I’ve never experienced before. A unique horror that did not make my heart sink but made my skin itch. The kind of fear that even the strongest men have, is losing the sympathy of their loved ones and being alone. Kafka encapsulates the kind of fear and agony that I have related to through many new experiences as a first-year student. The fear of not finding a community outside of family or being looked down upon by others. It is a fear that anyone faces at any point in their life, only conquerable by taking that leap of faith. 

Though Metamorphosis is a tragedy with no sense of optimism, its grim nature helped paint my nihilistic perception of social relationships into an optimistic one. The existentialist influence of this story helped me pursue other existentialist writers such as Albert Camus or Freidrich Nietzsche, eventually making me fall in love with philosophy. It is the force that pushed me to take that leap of uncertainty, knowing that it probably will not matter if it does not work out. Metamorphosis is a classic that triggers angst and leaves anyone finishing with a sense of dread, questioning their place in this world. 【ぷろめ】

アントワーヌ・ヴォロディーヌ『骨の山』(水声社)

「わたしの名はマリア・サマルカンド、そしてわたしは死んでいる」

 かつて革命のために闘った、マリア・サマルカンドとその夫ジャン・ウラセンコの二人。彼らは、革命後に樹立され、のちに全体主義化した政権から危険視され、監視・拘束・尋問を受ける。革命が既に完了した世界では、二人を助ける者はいない。逃げ場のない現実から目を背けるように、二人は自らが書いた物語に思いを馳せる。

 これは、近代フランス文学において「ポスト・エグゾチスム」という文学運動を創始したアントワーヌ・ヴォロディーヌが執筆し、フランス文学者の濵野耕一郎によって翻訳された『骨の山』のあらすじである。第一部ではマリア・サマルカンド、第二部ではジャン・ウラセンコに焦点が当てられる。他方で、彼ら自身が執筆した『骨の山』の内容がどちらの部にも組み込まれている。つまり『骨の山』とは、私たちが読んでいる本の名前であるとともに、作中で登場人物らが書いている本の名前なのだ。この入れ子のようなメタ構造を通して私たち読者は、マリアとジャンが置かれている名状しがたい閉塞感と、そこからの唯一の逃避手段である夢想を目撃する。冒頭の抜粋からわかるように、その夢想は二人の死という結末を迎えることが約束されている。彼らの物語は既に過ぎ去ったものであり、そこかしこに死の匂いを感じさせるものである。しかし、だからこそ、美しい。

 本書は秋学期に受講した「フランス文学への招待」で紹介された。課題に追われ、好きだった読書から遠ざかっていた私に、「読むこと」の面白さを再認識させてくれた一冊だ。恥ずかしながらも購入してはおらず、長らく大学図書館から借りっぱなしにしていたのだが、この記事を書く上で読み返し、購入を決意した。今手元にある方は一刻も早く返却し、次の読者に譲るつもりだ。今、Amazonでの注文を終えた。今年中に届くだろうか。【ぴよ子】

遠藤周作『海と毒薬』(新潮社)

 「本当にみんなが死んでいく世の中だった。病院で息を引きとらぬ者は、夜ごとの空襲で死んでいく」戦争末期の状況を伝えるには十分すぎる台詞である。本書は九州帝国大学附属病院で起こった米軍捕虜の生態解剖事件をもとに小説化され、新潮社文学賞を受賞した遠藤周作の問題作。

 「日本人とはいかなる人間か」を徹底的に考え抜いた著者は、『海と毒薬』においてもその問いに深い洞察を与えている。医学部内の複雑な人間関係や人事争い。地位と名誉を維持するための手段でしかない患者。絶対的悪も善もない精神的倫理観の真空。漂う空気になんとなく染まっても抗おうとせず、それでいて良心の呵責がない人。最終的には生態解剖という恐ろしい出来事に自ら飲み込まれてゆく登場人物たち。物語中の全登場人物を通して、確固とした精神的土壌のない日本人、ひいては人間の姿が浮かびあがってくる。

 中支(中国大陸の中部地方)で負った火傷の跡を名誉だと誇るガソリン・スタンドの店主も、戦時中は南京で憲兵として暴れていたらしい洋服屋の男も、戦争中には人間の一人や二人は殺したかもしれぬ。だが、その顔は決して人殺しの顔ではではない。事件に直接的に関わった訳ではない彼らの中にも、結局はあの残虐行為を直前で踏みとどまらせる重要なものが欠落していたのではないか。それは神や神なるもの、あるいは良心や罪の意識といったものか。

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 『海と毒薬』を読了したのは3月のことで既に8ヶ月前のことだが、その後も本書に出てきた登場人物やその精神的風土が折にふれて思い出された。本書を通して、日々私が内面化している価値観は脆く不安的なもので、かといって絶対的な精神的土壌などこの世にあるのだろうか……と自問せざるを得なかった。事件に関与した人たちを単なる異常者として内心軽蔑する私こそ、一体何を善とし何を悪として生きているだろうか。

 12月の初め、教会のある集会で「結局私たちは何を信じているのか」というテーマを話し合った。ベストアンサーなるものはいくつもあって、どれも小さい頃から大切にしてきた考えだった。だけど今の自分は、正は正だと、悪は悪だと胸を張って主張できるほど強くはない。結局は風に吹き飛ばされる籾殻のような存在に思えた。それはちょうど、本書を読了したときに生まれた問いに対する答えであるように思えて、自分が恐ろしくて少し悲しかった。帰り道、風で散乱した枯れ葉を見つめながら、2022年の目標が「正しいことを正しいと言える人に」だったことを弱々しく思い出した。ただ、最終的には自分の知らないところで、自分の力の及ばないところで、逸れた道から元の道に戻してもらえばいいやとも思う。

 周知の事実だが遠藤周作はカトリック信者であるから、小説中には少なからずキリスト教的要素が織り込まれている。今回紹介した『海と毒薬』にも、キリスト教的なものを感じる場面がいくつかあった。読む際はそうした著者の仕掛けや比喩にもご注目。

※なお、作品中には差別表現やグロテスクな描写が多数あるため、苦手な方は十分注意していただきたい。 【Oliva】

又吉直樹『第2図書係補佐』(幻冬舎

小学生の頃、七夕用の短冊を作る授業があった。書きたいことが特に思い浮かばなかったので、絵を描くことが好きだった私は「画家になれますように」と思い付きで書いた。クラスメイトの男子が「金物屋になりたい」と書いていたのを覚えている。マニアックな趣味を、具体的な夢を、持っている彼に正義を感じた。色鮮やかな短冊で飾られた竹がキラキラ輝いていたこと、七夕が過ぎて、竹から切り離された自分の短冊がもぬけの殻のように思えたことを覚えている。

 その頃から夢の諸々について考え始めて10年近く経つが、未だに夢が分からない。一番分からなくて気になるのは、夢の出どころだ。夢ってどこから生まれるのだろう。経験を積めば自ずと見出すものなのか、一目惚れのように出会うものなのか、宿命的に求めるものなのか。こんなことを小学生の頃から考えているから、「あなたの夢はナニ?」と藪から棒に聞かれると結構困る。夢だけを聞き出そうとする意図も分からない。夢を聞いて何を知りたいのだろう。良い関係がある相手であれば、その人が大切にしたいものは日常の言動から感じ取れる。だから、あえて夢のみを知りたいと思わない。文脈を持たない「あなたの夢はナニ?」って意外と淡白な投げかけだと、私は思う。

 夢、夢と先ほどから綴っているが、私は夢本位に生活する人間がそれほど多くないことを何となく知っている。あれほど聞かれた夢も、年を重ねると聞かれなくなる。聞かれなければ、答えも風化する。自分では答えが分からないくせに、相手は答えられると信じて質問を投げつけているとしたら、それって何か、ズルくないか? バイト先の塾で小学6年生の生徒が「将来の夢はナニ?」と志望校調査の紙ペラを手にした社員さんから話しかけられるのを小耳に挟み、一人居心地が悪くなる。

 街の喧騒、家の会話、テレビのCM。全てが年末に染まる今日、どれくらいの人が夢について考えているのだろう。私の目には、年末という滑らかな収拾が何よりも人々の心と足を弾ませているように映る。しかし年が明けた途端、まるで新しい何かが芽吹くような淡い期待が人々を絆し、今年の抱負などを考えさせる。抱負が連なって夢になるとでも言うのだろうか。

 自分をひどく面倒臭く思う時がある。どうやら私は「そういうものだから仕方ない」と流して良いものも、気になったら執拗に考えるシステムを搭載しているらしい。お陰さまで、一人虚しくシステムエラーに陥ることも多い。経験を積むうちに薄まる習性であってほしいと、昔も今も思っている。ただ、この本を読んで又吉直樹の欠片に触れた時、変な安心感を抱いた。上には上がいる、とは良く言ったものだ。彼の凄いところは、アブナイ面を持ちながらも、それが美しいまでに言語化されていることだ。だから、一見アブナイものでも凄く面白い。当事者からすれば面白くないのかもしれないが。私は夢と呼べるものが何かまだ分からないが、取り敢えず彼が薦める本は全部読みたいと思う。人にそう思わせてしまうような力を持った一冊だ。

 『第2図書係補佐』がそうであったように、私も「自分と本の繋がり」に焦点を当てた紹介文を書こうと意気込んでみたものの、なるほど難しい。結果的に読みにくい紹介文になってしまったかもしれない。けれど、2022年の目標はなんだったっけ、何か達成できただろうかと、振り返っている人に寄り添えたら嬉しい。本でも読みながら、ゆるりと新年を迎えよう。どうやっても、年は明けるのだから。

【あらすじ】

 又吉直樹が綴るパーソナル・エッセイ集。全てのエッセイが、印象的なエピソードと共に又吉の生活に隣り合った本を紹介する。紹介される本の魅力は勿論、又吉が本を大切にしていることが深々と感じられる一冊。紹介作品は吉本ばなな、太宰治、中村文則などの著書を含めた47冊。【麒麟】

終わりに

新型コロナウイルスの感染拡大が始まってはや3年。一部の授業ではオンラインの授業形態が継続されたものの、大多数の授業が対面に戻り、部活やサークル活動も再開されました。それに伴い我々WGも、紙版新聞の発行を再開しました。そして、キャンパスに集う在学生や教職員、その他ICUに連なる多くの方々にご愛読いただき、また支えていただきました。今年一年、我々の活動を温かく見守り、記事を読んでくださった読者の皆様には、改めて感謝申し上げます。来る2023年もWeekly GIANTS Co.をよろしくお願い致します。良いお年を! 【WG社員一同】

▲春学期初日、にぎわいを取り戻したキャンパス

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