私たちとヤングケアラー
「つながりば」のイベントを通じて考える
| 4月17日のランチタイムに、ヤングケアラーについて気軽に対話ができるイベント「つながりば in O’s cafe」が開催された。このイベントは「つながりば」という、ヤングケアラーについて緩く対話できる場をつくる活動をしている団体が主催した。本記事は、ヤングケアラーの概要を確認した後、イベントを通じて見えてきたヤングケアラーの現状と本音を明らかにし、このトピックについて、社会全体、そして私たち一人一人ができることを考える。
ヤングケアラーとは?
ヤングケアラーとはどのような存在なのか。言葉だけは社会全体に浸透してきているものの、その実状はあまり理解されていないのではないか。かくいう私も、ヤングケアラーがどのような状態を指し、現状がどうであるかを誤解していた。まずはここで、ヤングケアラーの定義と実状を確認しよう。
一般社団法人ヤングケアラー協会では、ヤングケアラーという語を「本来大人が担うと想定されている家族のケアを、おこなっている子ども・若者」と定義している(”ヤングケアラーとは?”)。また、成人後の若者の場合は、「若者ケアラー」とも呼ばれる。彼ら・彼女らの担うケアの内容は様々であり、高齢の家族の介助や付き添いにとどまらない。例えば、幼いきょうだいの世話、依存症を抱える家族への対応、家計を支えるための就労、日本語が不自由な家族の通訳も、ケアに含まれる。詳しくは図1を参照されたい。ヤングケアラーの程度や負担感は人により様々であり、自らがヤングケアラーに当てはまると自覚していないケースもある。一方で、担うケアが広範に及ぶと、本来打ち込めたはずの学業や部活動がままならなくなったり、友人等の関係に割く時間が無くなって、社会的に孤立してしまう。更には希望する進路を断念せざるを得なくなった学生も多くいることが、報道で明らかとなっている(例えばNHK 「ヤングケアラー“希望進路断念”は44人 埼玉県公立高校アンケート」の記事が挙げられる)。このように、ヤングケアラーのケアの内容と程度は多岐にわたり、深刻な場合にはその人の人生に大きな影響をもたらしてしまう場合が少なくない。
図1 ヤングケアラーの例 (子ども家庭庁「ヤングケアラーについて」より)
では日本において、ヤングケアラーはどのくらい存在し、私たちにとってどれほど身近な存在なのだろうか。まず、厚生労働省が2020年に実施した「ヤングケアラーの実態に関する調査研究」に当たろう。この調査では、中学校・高校を無作為に抽出し、生徒にアンケートを行った結果、世話をしている家族が「いる」と回答した生徒は、中学生で5.7%、全日制高校で4.1%、定時制高校では8.5%、そして通信制高校では11%にまでのぼった(図2)。ケアの対象は、どの校種においても兄弟が4~6割であり、次いで父母、祖父母が1~3割であった(図3)(”ヤングケアラーの実態に関する調査研究について” 6-7)。この調査の結果から、クラスに少なくとも1人はヤングケアラーがいる事が示され、その身近さが示された。
図2 校種別の家族の世話をしていると回答した生徒の割合 図3 世話の対象の比率
両者とも、厚生労働省「ヤングケアラーの実態に関する調査研究について」(令和2年度)より抜粋
「つながりば」、そして「つながりば in O’s cafe」への取材
ここまで、ヤングケアラーがそもそもどのような状態にあることなのか、そしてその実状を確認してきた。ここからは、ICU内において、ヤングケアラーに関する活動をおこなっている「つながりば」とそのイベントについて、取材を通して明らかとなったことを記述する。
はじめに、「つながりば」がどのような団体であり、どういった活動をしているのかを紹介しよう。「つながりば」は、ICUの江田早苗先生が中心となり、コロナ禍真っ只中の2021年12月に誕生した。パンデミックで、家族のケアをする人もまた家からなかなか外出できず、社会的に孤立する中で、ヤングケアラーの報道が増え、社会的な認知が高まった。江田先生もまた、ご自身の家族をケアする中で、ヤングケアラーの存在を知り、問題意識を持ったという。ICU内には学修支援センターやカウンセリングセンターといった、相談できる窓口こそ整備されているものの、ヤングケアラーに焦点を絞った支援はなかった。そこで江田先生は、ヤングケアラーの当事者や関心のある人がゆるく対話できる場として、「つながりば」という団体を立ち上げ、以来今日に至るまで対話の場をイベントとして定期的にひらいている。
江田早苗先生
そんな「つながりば」がオスマー図書館のO’s cafe で出張開催したイベントが、「つながりば in O’s cafe」 であった。江田先生をはじめ、ICUの学生、卒業生など、様々な年齢・背景を持った方々、11人が参加した。また、ICUの卒業生で(一社)ヤングケアラー協会のスタッフでもある氏原拳汰さんがゲストスピーカーとして参加したほか、「つながりば」の運営に携わるICUの学生がこのイベントを進行した。イベントでは参加者同士の対話の前に氏原さんが、ヤングケアラーについて、そしてご自身のケアの経験についてを講演した。
ここで、氏原さんの経験について触れる。氏原さんはID23であり、大学1年の冬に祖父がレビー小体型認知症を発症し、ケアをするようになったとのことであった。祖父の認知症が悪化するようになり、ケアの負担が増し、割く時間も多くなった。丁度コロナ禍で全授業がオンラインであったため、朝から晩までつきっきりでケアをしたという。対面授業が再開した後にもケアが続けられるように、単位数の上限まで受講しながら祖父の介護もするという、大変な学生生活を送った。氏原さんがこの The Weekly GIANTS に、自身の介護の実状を記事として書き、それがきっかけとなりNHKに取材され、自身がヤングケアラーであると気づいたという。そこからヤングケアラーへの関心が生まれ、現在は大学院で心理学を学びながらヤングケアラー支援の活動を精力的に行っているとのことであった。この氏原さんの経験の共有から、ヤングケアラーのリアルな現実が明らかになるとともに、ICU生のなかにもヤングケアラーがおり、決して他人事でないことがわかる。この講演には、イベントに参加された方の他、O’s cafe にいた多くの方々も、興味深そうに耳を傾けていた。
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ICUを卒業し、ヤングケアラー支援に携わる氏原さん
氏原さんの講演が終わり、後半ではヤングケアラーについて対話がおこなわれた。相手の話を否定したり、経験の程度を比べ合ったりしないこと等をルールとして、自由に自身の経験や胸の内を明かすことができる対話の場であった。はじめに、参加者がこのイベントを知ったきっかけや、ケアの経験について共有した。実際にヤングケアラーの経験を持つ方や、大人になって家族をケアした人、またケアの経験はあまりないものの興味がある人など様々であった。介護する側、される側もそれぞれ辛さがあることなど、当事者でしか気づけないことも共有された。次に、氏原さんの若者ケアラーとしての経験や、江田先生が「つながりば」を設立したきっかけが話された。中高生や大学生が、40代・50代の人と同じケアの責任を抱え込むこと、そして自分ではどうすることもできない理由、つまり自分以外の人のペースに合わせなければいけないことの大変さが話題となった。またICUの世間的なイメージもあり、ICU生であると同時にヤングケアラーでもあることを打ち明けづらいという意見が出た。要するに、自身の現状をオープンな場で打ち明けることの難しさが浮き彫りとなった。そういった意味でも、物理的な支援だけではなく、安心して話せる場など精神的なサポートの重要性が話し合われ、改めて「つながりば」が提供する場の重要性について話が及んだ中で、イベントは終了した。このように後半の対話は、参加者が自由に自身の経験や、意見を出し合うことができ、終始暖かい雰囲気の中おこなわれた。
ヤングケアラーに必要な支援、そして我々の向き合い方
ここまで、「つながりば」、そしてそのイベントの経緯について記述してきた。このイベントを通じて、ヤングケアラーの実状、その困難さが浮かび上がった。ヤングケアラーに必要な支援や改善策は何なのか、そして我々はどのようにこの事象に向き合うべきなのかを、最後に論じていく。
まずヤングケアラーに必要な支援とは何なのかを社会全体が改めて考える必要があるだろう。そもそもヤングケアラー支援において先進している国に比べ、日本の支援は遅れていることは明らかである。厚生労働省が2019年に発行した「ヤングケアラーの実態に関する調査研究」においては、支援策そのもの、またヤングケアラーに関する論文の発表数から、イギリスやオーストラリアが、ヤングケアラーへの支援において先進的な位置にあるとされている(”ヤングケアラーの実態に関する調査研究 報告書” 61-63)。調査研究では、イギリスでは、2011年という早い時期からヤングケアラーの調査が行われ、行政のヤングケアラー全員へのアセスメントの義務化や、ケアラーズトラストに代表されるNPOを通じた支援も盛んであると記されている。例えばケアラーへのアドバイスや補助金、セラピーなどの提供といった支援が行われている(”ヤングケアラーの実態に関する調査研究 報告書” 66-67)。またオーストラリアにおいても、補助金や就学継続・復学への支援が行政によりなされている(”ヤングケアラーの実態に関する調査研究 報告書” 69, 71)。
一方で日本においては、補助金や教育、相談窓口など、行政によるヤングケアラーに焦点を絞った支援がいまだ十分には行われていない。子供向けの電話相談など、ヤングケアラーに焦点を絞らないサービスを利用することはできるものの、専門的な助言や精神的なケアを受けることは難しいのではないだろうか。ヤングケアラーに絞った相談や助言は、ボランティアやNPOといった、国や自治体の外の組織が専ら担っている。勿論行政の外での活動は重要ではあるが、まずは国や自治体が本腰を入れて支援をおこなわないことには、根本的な解決は望めない。特に、自覚なくヤングケアラーに陥っている場合や、ヤングケアラーになりうる状態にある子どもたち、若者たちを早期発見して、ケアを軽減させたり、ケアの方法や精神的な健康を維持するための専門的な助言を提供することが肝要だと考えられる。高齢の家族や、障がいをもつ家族へのケアの場合は、訪問型介護やデイサービスの利用を促し、金銭等の支援をすることなどが行政の役割として考えられる。
更に、このイベントを通じて明らかとなったように、精神的な支援も重要である。公の場では口にしづらいヤングケアラーとしての実情を、共有し分かり合える場、息を抜ける場を持つことは、ケアラーの精神的・社会的健康を維持するために、不可欠でり、ICUにおける「つながりば」のような定期的に対話できる場が地域や職場、学校にあることが、ケアについて思うところを共有し、より前向き生きることを支えるものになるだろう。
そしてこの社会を生きる私たち全員にできることは、ヤングケアラーの実状を知ることではないだろうか。ヤングケアラーという言葉を聞くと、「問題」―異常な事態である、と思ったり、「可哀そう」―窮状におかれた存在だ、とする先入観を持ってしまう方が多々いることだろう。しかし「ケア」という行為自体は、自身の家族や他者への思いやりや愛の発露でもある。多くの人は人生の中で、高齢の家族や自身の子どもなどに、ケアを提供するだろう。それは勿論とても大変なことであり、それを子どもや若者が引き受けることは、むしろ社会の中で想いやりや適切な配慮を向けられるべき行為だと言える。そしてケアは、私たちが人生を生きていく中で誰かに行うこともあれば、いつかそれを受ける日が来るかもしれない。ヤングケアラーを決して他人事だったり、悲哀の目で捉えたりすることなく、その実状を知り、適切な支援を提供するとともに、敬意や労いをもってケアを行う子どもや若者とともにあり続けようとする姿勢が、なにより重要であると言える。
おわりに
「つながりば」と「つながりば in O’s cafe」への取材を通して、ヤングケアラーの実状や必要な支援が明らかとなると同時に、我々がなにをすべきか、そしてどのような心持ちでいるべきかが示されたと考える。この記事を書いた私も、高齢の家族をもち、帰省したときに話し相手になったり、諸々の手伝いや力仕事を引き受けるなど、ケアを少ないながらも提供したと言える。一方で、私も家族からケアしてもらい生きてきたことは間違いない。この記事を通して読者の方に、ケア、そしてヤングケアラーを自分事として少しでも考えて頂けたなら幸いである。またヤングケアラーに少しでも関心がある方は、「つながりば」のイベントに参加してみてはいかがだろうか。そして現在ヤングケアラーとして悩みをお持ちであれば、(一社)ヤングケアラー協会や(一社)ケアラーワークスのような民間団体の相談窓口や、行政の窓口に相談していただければ幸いだ。
最後に、取材にご協力いただいた江田早苗先生、氏原拳汰さん、「つながりば in O’s cafe」の参加者の皆さまに、心より御礼申し上げる。【武田俊介】
《ヤングケアラーLINE相談窓口》
ヤングケアラー向けの相談窓口として、以下のようなものがあります。
○「けあバナ」(東京都ヤングケアラー相談支援等補助事業)
○ヤングケアラーズキャリア(ヤングケアラー向けキャリア相談)
参考文献
三菱UFJリサーチ&コンサルティング. ヤングケアラーの実態に関する調査研究 報告書. 厚
生労働省, Mar. 2019, https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2019/04/koukai_190426_14.pdf. Accessed 26 May 2024.
三菱UFJリサーチ&コンサルティング. ヤングケアラーの実態に関する調査研究について.
厚生労働省, 2021, https://www.mhlw.go.jp/content/11907000/000767891.pdf. Accessed 26 May 2024.
ヤングケアラーとは?. ヤングケアラー協会, https://youngcarerjapan.com/. Accessed 26
May 2024.
ヤングケアラーについて. 子ども家庭庁, https://www.cfa.go.jp/policies/young-carer.
Accessed 26 May 2024.