経済学者・岩井克人教授に聞く、「トランプ大統領」の誕生と世界のゆくえ【研究室から世界をみる 第1回】

取材に応じてくださった岩井克人教授
取材に応じてくださった岩井克人教授

9日開票されたアメリカ大統領選挙結果、共和党のドナルド・トランプ氏(70)の第45代アメリカ大統領就任が確実となった。過激な発言や地に足のつかない発言を繰り返し、多くの有識者から非難されてきたトランプ氏。それはICUにおいても例外ではなく、教授陣は各々の立場からトランプ大統領の危険性について指摘してきた。

トランプ氏の勝利が確定した10日の授業においても、すでにトランプ大統領への懸念を表明する教授は少なくなかった。経済学者であり、先日文化功労者に選出された岩井克人教授もそのひとりだ。授業で開口一番「大統領選がショックで寝不足だ」と切り出した岩井教授に、筆者は授業後突撃取材を敢行。経済学者としての立場、そして有識者としての立場からアメリカ大統領選挙に関する分析と、今後のアメリカ、そして世界の行く末についてお考えをうかがった。
(インタビューは再構成済)

 

――まず、今回のアメリカ大統領選挙の結果について経済学者としての立場からご意見・ご感想をいただけますか?

このような結果になったことに率直に驚きました。経済に関して言わせてもらうと、私が考える限りアメリカに対しても、日本に対しても、世界全体に対してもいいことはないと思います。色々な理由がありますが、一番は彼の掲げる保護貿易的な経済政策にあります。自由貿易を進めていく過程で一部の人間が不利益を被ることは確かです。でも、全体の利益を合計すればプラスになるので、得られた利益を再配分することで世界全体の成長に繋げることができます。しかし、貿易を縮小すると世界全体の利益はマイナスに転じてしまいます。また、貿易に依存している日本のような国にとっては直接的な打撃になりかねません。

 

――経済学以外の観点からはどうお考えですか?

これは政治学的な話になりますが、共和党はレーガン大統領以降「新しい共和党」になりました。どういうことかというと、共和党は自由主義の政党で、それまでは経済的なエリート層が支持基盤だったのが、南部や中部に住むブルーカラー層の白人をも支持層に取り込む事に成功したのです。移民の流入によるアメリカ国内の非白人人口の増加により、白人ブルーカラー層は彼らに職を奪われるのではないかという不安を抱えていました。共和党は「民主党は有色人種を支持基盤とした政党」だと規定し、民主党の進める社会保障制度や医療改革は非白人のみを利する政策だと批判、結果的に白人のブルーカラー層を民主党から離れさせました。共和党の自由主義はそのようなブルーカラー層の経済的利益には繋がらないにも関わらずです。

トランプ氏の新しさは、この共和党を分断し、そうした層へ「あなたたちの本当の利益はエリート層の掲げる自由主義ではない」と訴えかけたことにあります。

 

――先ほどのご回答とも関係しますが、一連の「トランプ現象」の原因はどこにあると思われますか?

一方で、ソ連の崩壊以後、資本主義の一人勝ちが進む世界で英米を中心に自由放任主義的な経済政策が追求されたことが出発点です。その結果、トマ・ピケティ氏の指摘するように、アメリカ社会はトップ1%が所得の20%を得るような極端な不平等社会になっただけでなく、まさにそのエリートが引き起こしたリーマン・ショックによって、多くの白人ブルーカラー層は職を失いました。エリートに対する怒りが鬱積していたのです。

そして、移民の増加により自分たちの地位が相対的に脅かされていくことへの恐れを露骨な人種差別的言説で扇動して、そういう人たちが「有色人種の党」である民主党に取り込まれないようにしたわけです。

「トランプ大統領の登場により、不安定な世界が到来する」と語る岩井先生
「トランプ大統領の登場により、不安定な世界が到来する」と語る岩井教授

――トランプ氏の大統領就任によってアメリカや世界はどのような方向へ進んでいくと思われますか?

経済に関して言うと、これから世界経済は先ほど述べたような自由放任主義的な資本主義社会の弊害をいかに抑え込んでいくかということを模索していくことになるのではないかと考えています。トランプ現象を皮切りに、防戦一方な上に防戦がうまくいくかもわからない不安定な時代に突入していくかもしれません。

また、経済以外に関しては、世界秩序が転換期を迎えたと感じています。トランプ氏はアメリカの「世界の警察官」としての役割を縮小するといった趣旨の発言をしていますが、それはそのような「パックス・アメリカーナ(アメリカ主導の平和)」の終わりを意味します。アメリカが様々な戦争を起こしてきたことは確かですが、より重要なことは、世界全体の相対的な秩序は、やはりアメリカが世界のリーダーとして「重石」の役割を果たすことで維持されてきたことが、逆に今になってはっきりしてきました。経済的には保護主義が推し進められていく一方、政治的には中国やロシア、EU、そして新興国などが自己主張を強めていく中で、不安定な時代が訪れるでしょう。今後しばらくは世界各国でコーリジョン(連合)的な国際秩序を構築していくための模索を必要とする、困難な時代が訪れます。日本という国も、否が応でも、戦略的に思考することを迫られるはずです。

 

――ありがとうございました。