リベラルアーツについて考えなおしてみよう――村上陽一郎先生の講演会について

▲「哲学と自由七科」の図
▲「哲学と自由七科」の図

この記事は11月14日にICU同窓会の主催により行われた、村上陽一郎ICU名誉教授による「大学とリベラルアーツ」と題した講演会についての、現役のICU生による感想である。リベラルアーツとは一体どんなものなのか、そしてICUはリベラルアーツの理想を実現できているのかなどについて考えてみたい。講演全体についてのレポートとしては先週の記事「『リベラルアーツ講座』開催 村上陽一郎先生が語る、リベラルアーツの歴史と役割とは」をご覧いただきたい。

 

ELA、現代の三科

講演を始めるにあたり村上先生は、大学というものの成り立ちから語りおこした。お話によると、12世紀ごろのボローニャ、パリ、オックスフォード、ケンブリッジなどの大学では、学問を学ぶための基礎の科目として、現在の”Liberal Arts”につながる”artes liberales”が教えられていた。その中には、論理・文法・修辞からなる三科と、天文学・幾何・算術・音楽からなる四科が含まれていた。三科は聖書を、四科は「神の第二の書物」である自然をそれぞれ読み解き、理解し、人に伝えるための科目であったそうだ。

 

私は、三科は言葉に関する科目だという村上先生の説明を聞いて、現在自分が1年生として受講しているELA(English for Liberal Arts)を思い浮かべた。ELAは生命倫理や、異文化交流に関する難解な英語の文章が課題として出され、その内容についてディスカッションをし、エッセイを書くなどといった内容の、とても厳しい授業である。ICUの公式サイトによると、ELAは「アカデミックな内容の英語の文章を批判的分析的に読む力」、「自分の考えや意見をディスカッションし発表する力」、「ノートを取る力」、「他の学生が言ったことを聞き取る力」、「アカデミックな内容のものを英語で書く力などのアカデミックスキル」を身につけることを目的としている。

中世ヨーロッパの大学における三科は、聖書を読むために論理、文法、修辞を学んだが、英語を通じて学術的な文章を読み、書くためのスキルを身につけるためのものだという点で、ELAはICUにおける三科であるといえると思う。

 

リベラルアーツ教育の利点と欠点

また、村上先生はリベラルアーツ教育の利点とその問題点についても述べられた。

お話によると、ICUのような「リベラルアーツ大学」ではLater Specializationという言葉の通り、分野にとらわれず授業を履修でき、自分の可能性を広く追求したうえでメジャー(専門分野)を決めることができる。したがって、授業の選択は学生の自主判断に任されることになる。例えば私は今年度、国際政治学、現代心理学入門、ジェンダー研究へのアプローチなどといったいくつかの興味のある分野の授業を受講した。また、「微分積分入門」や「生物学入門」など、自然科学系とされる科目も履修できる。いろいろな分野の授業を受講して迷いながらメジャーを決めることができ、メジャーを決めた後も様々な授業を受けられることは、リベラルアーツ教育の一つの利点といえるだろう。

 

しかし、「メジャー難民」という言葉がICUで使われているように、履修計画をきちんと考えないでいると、メジャーを選択する際に課される条件を満たせず、メジャーの選択肢が極端に狭まってしまう場合がある。村上先生は学生の履修計画の支援のため、教員によるアドバイジングが重要になり、負担が大きいとおっしゃっていた。だが、実際のICUでは、面談が1分ほどで終わってしまい、あまりゆっくり話ができなかったり、アドバイザーとのコミュニケーションがうまくいっていないという声をきくことも多い。この点はICUがリベラルアーツ教育を行う上で、改善すべき点ではないだろうか。

 

大学はどうあるべきか

講演の最後に、村上先生は「規矩(きく)」という言葉を使って、人間陶冶の場として大学を位置づけた。デジタル大辞泉では、規矩とは「考えや行動の規準とするもの。手本。規則。」のことだとされている。村上先生は、多角的に物事を考え、自分の考えを伝えて、相手の考えを理解することができ、その一方で自分の行動の基準はきちんと持っている、そのような「規矩」を身につけた「知識人」を作る場としての大学が必要とされていると強く訴えていた。

 

ICUがすでにそのような存在になっているとは私には思えない。アドバイザー制度があまり活かされていないなど、問題は多くある。しかし、現代の三科ともいえるELA、学生自らの判断による様々な可能性の探索を重んじるカリキュラムなど、ICUの教育の背景にはリベラルアーツという考え方があることは確かだろう。ICUでのよりよい学びのためには、その思想的な背景を知っておくべきではないだろうか。

今回の講演会は時間的な制約もあり、「知識人」や「規矩」といった込み入った概念の詳しい説明はされなかった。そういった、村上先生のリベラルアーツに対する考え方をもっとよく理解したいという方には、講演の中でも紹介されていた村上先生の著書である新潮文庫刊「あらためて教養とは」を読むことをおすすめしたい。