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八代尚宏教授最終講義「Liberal Artsと経済学」、開講

"Economics"" by Simon Cunningham is licensed under CC BY 2.0
“Economics”” by Simon Cunningham is licensed under CC BY 2.0

経済学者の八代尚宏教授が退職され、「Liberal Artsと経済学」と題した最終講義が2月11日に行われた。八代教授は自身の今までの歩みを回想しながら、さまざまな問題に対する経済学的視点からの処方箋を語った。

八代教授は1964年にICUの自然科学科に入学。さまざまな専攻を経た後、社会科学科に移ってからは国際法を専攻した。しかし、4年生のころに当時TAだった八田達夫元ICU教授が担当していたFDNの経済学を履修し、その面白さに気づいたという。ICU卒業後は東京大学経済学部に学士編入。小宮隆太郎ゼミに所属した。そこには、現在ICUで教鞭を取られている岩井克人教授も在籍していた。

八代教授は自分の専門分野はまるでフランチャイズのようだという。それを大きく分けると、日本経済論、社会問題の経済学、労働問題の経済学、規制改革の4つの分野になる。
・日本経済論
東京大学卒業後は経済企画庁に入庁し、官庁エコノミストとして活躍した。1985年のプラザ合意以降のすさまじい円高のなかでも日本の貿易黒字が減少しない現象は、日米の企業行動が円高の価格効果を相殺することが原因であることを突き止め、日本異質論に反論した。
・社会問題の経済学
経済企画庁入庁二年目にはアメリカのメリーランド大学に留学。Henry Aaron教授の下で貧困と差別の経済学を学んだ。貧困や差別は社会学的な問題と捉えられがちであるが、それを経済学的視点からきちんと説明する講義に感銘を受けたという。それを日本の現状に当てはめて著した、「教育・差別・福祉・医療の経済学(現代日本病理の解明)」は日経図書文化賞を受賞した。
・労働問題の経済学
メリーランド大学のBarbara Bergman 教授に卒論指導を受ける際、教授の指導方針で女性労働の分野を学んだ。日本における統計的差別をテーマとして学び、のちに「女性労働の経済分析」として出版した。また、関連して「結婚の経済学」を出版した。八代教授は結婚の経済学は労働経済学の応用であるという。結婚は自分の魅力という制約条件付きの効用最大化であり、非常に経済学的な行動だといえる。また、結婚相手は自らのプライバシーをある程度失うという損失に見合うレベルである必要があるので、そこで有効需要の考え方が非常に重要になる。つまり、現在の日本の未婚率の高まりに対しては結婚の機会費用を下げる政策が必要であり、フランスのPACSのような政策が理想的であるそうだ。
また、日本の雇用慣行の研究は八代教授のライフワークとなった。日本においては、経団連と連合は同じ考え方をしており、欧米でみられるような労使対立はほとんど存在しないという。日本でみられるのは、正社員と非正社員、男性と女性、若年者と中高年などの間での労労対立だと主張した。
・規制改革
1997年から2006年にかけて規制改革会議、2006年から2008年かけて経済財政諮問会議に参加し、規制について学んだ。そこで学んだことから、「規制改革 法と経済学からの提言」、「規制改革で何が変わるか」を出版。八代教授によれば、ここで重要なのは消費者の利益は規制よりも市場競争で守られるのであり、参入規制は生産者の利益を保護するだけで消費者の利益を守るものではないということだ。必要なのは安全規制であり、そこはしっかりと区別されなければならない。

ここで八代教授はリベラルアーツの重要性に触れた。リベラルアーツの定義は、幅広い常識を持っており、どんなことについてもある程度のことは理解していて、さらに、特定の分野については深い知識を持っていることだという。この組み合わせが大切で、八代教授は40年ほど働いてみて、その重要性を実感しているそうだ。自分のやっていることは経済学の商社のようなものであり、ある分野の方法を他の分野に持ち込むと非常に上手くいくと語った。

最後に八代教授はICUのCコード(教員は原則キリスト教徒に限られるという規則)に触れて、これは日本国憲法第十四条、二十一条に反し、明確に違憲であると主張した。また、これは参入規制であり、教授間の健全な競争を妨げ、学生の損失になるとも主張した。自分が学生のころから反対しているのに、いまだに変わらないと嘆いた。

最終講義当日は教室の後方に立ち見の学生が出るほどの学生が集まり、講義が終わった際には盛大な拍手が送られた。八代教授が多くの学生に慕われていたことがうかがえる。これからは、昭和女子大学のグローバルビジネス学部で教鞭を取られるとのことだが、いつかまたICUに来ていただきたいと思う。